人気度ランキングで40位以下の常連の茨城県だが、上位に食い込むジャンルはある。 大都会東京のお膝元でもあり、農業が挙げられるかもしれない。 最初に引っ越してきた頃、常磐高速道路は首都高速道路とつながっていない状態で、隅田川を渡った後、向島付近から始まったような記憶がある。 利根川を越えると突然の田園風景が目立ち、それは今も変わらず! その頃はちょっとショックを受けたような…。 これまでも何度か話題にしている徳川御三家、当時は水府、今は水戸を県庁所在地とする県である。 当時の石高の格付けでは少なくともトップ5と思いきや35万石の12位であったらしい。 日本三名園というくらいだから、偕楽園! 比較はできないが三名園である。 他の三名園のある藩の石高では、後楽園(17位 池田家31万石)、兼六園(2位 前田家101万石)。 ちなみに石高1位は将軍家。 他にはないのかと探していると目についたものがある。 織物「結城紬」である。 日本で代表的な織物工芸の記事を見てみると、必ず始めの方に登場する。
茨城県と言えば、江戸時代の五街道の一つ水戸街道、今では国道6号線、常磐高速道路、JR常磐本線が通っていて、利根川を越えると取手、土浦、笠間、水戸と続く地名が代表的で、その北は日立と続くのだが、実はもう一つの近いようで遠い茨城県がある。 国道4号線、東北自動車道路、JR東北本線、東北新幹線の大宮、小山、宇都宮の流れに隣接した古河(こが)や結城である。 結城は、土浦から40km、1時間半北西へのドライブである。 戦国時代に結城氏から始まる城下町だが、一番有名な城主は江戸時代の水野忠邦である。 久しぶりに訪問してみると、寺院が多く、ところどころに古い街並みや蔵が残っていて、観光地のイメージが強い。 木曜日は定休日の店が多いようだが、それを差し引いてもひっそりとした印象である。
「結城紬」、厄介なものに目を向けてしまった。 伝統工芸の世界、日本で代表的な織物工芸。 私の見た記事では、取り上げられた順に西陣織、結城紬(つむぎ)、小千谷縮(ちぢみ)、久留米絣(かすり)となっていた。 「染織」と言われるくらいで染める技法(生糸や生地を染料液体に浸けて染める藍染、染めない箇所に糊を付けて染める友禅染など)、と織る技法、織るものの材料(蚕の繭から作った絹、羊毛から作ったウール、植物繊維から作った麻や木綿、その他化学繊維など)と糸を「紡ぐ」技法などがある。 「織る」技法は、たて糸とよこ糸を交互に交差する基本形の平織、たて糸とよこ糸の交点が斜めに連続する綾織、たて糸とよこ糸を一定の間隔で飛ばして作る繻子織(しゅすおり)、密度を開けた網目状に織る捩織(もじりおり)の4種類のようだ。 結城紬は、蚕の繭から独特の紡ぎ方をした「紬糸」を使った(ほとんどが)平織りの織物のようだ。 素朴な疑問で、蚕の繭で作った絹(つまりシルク)は軽くて光沢のある生地ではないのか、と思っていたら、そういう顔だったようで、織りのデモをやっていた女性が親切に教えてくれた。 糸の紡ぎ方によっていろいろ光沢や性質が違うようで、空気を含んだ「紬糸」からは素朴な風合いや模様になり、軽くて保温性が高いものになるそうである。 奈良時代から献上品とされていたが、見た目が質素で実用性があることから武家社会に浸透し、江戸時代にはすでに最上級品となっていたようで、そのまま現代に至る。 伝統工芸は皆同じかもしれないが、織り手の高齢化で伝承が難しくなってきているようである。
敷地内でのコンサート開催など結城のまちおこしに貢献していた結城酒造の火事は、文化財の酒蔵2棟を失っただけでなく、関係者にとってはその影響は大きいようだ。 結城市内の酒屋さんでの話だが、残った倉庫1棟では家族で細々と製品の出荷を始めているとのこと…。 ”どんな形でも酒造りを続ける”酒造側の思いと”復活を支えるために頑張る”人たちの思いとの輪が広がっており、早く復活することを祈りたい。 ひっそりとした街並み、結城紬の伝承、結城酒造の復活。 頑張れ!結城!!! 私も何か貢献したくなり、結城酒造のブランド「結」と郷土館で結城紬の小物を購入! なんかいい感じの帰りのドライブだった。

結城は、街道時代の街並みが印象に残っています。栃木に住んでいた時に、小山を経由して筑波に向かったり、水戸に出かけるときに通過したように記憶しています。城下町特有の格子が印象に残っています。結城、足利、栃木、今市など昔の風情が残る街が今後も静かに美しく繁栄してくれればと祈ります。
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