旧友の生活習慣病!

 最近、パソコンを購入した。 根っからの貧乏性の私は、購入決心の頃は威勢が良いのだが、徐々にトーンダウンし、結局は機能ダウンして我慢することが多い。 最初のモデルはパソコンを所有することが優先になり、その後も、秋葉原電気街通いして自作のパソコンを製作したが、結局中古部品やプリインストールでないソフトが割高だったり、隣国製小型のノートブックは購入時点でメモリーの容量不足だったり、直近の日本製中古のデスクトップは近年画面がよく固まったり、本当に安物買いのなんとか…なのである。 それでもパソコンのない生活は考えられず…。 今回は違う! 必要なソフトをインストールして、空き容量も豊富で、今日現在サクサクと動いていて、快適である。 

思い起こせば、私のパソコン人生は40年を超える。 大学卒業後最初の会社の頃は、会社の中には事務の方の机に、パソコンらしき大きなワープロが置かれているだけであった。 上司は、パソコンに興味のある若いヤツを探していたようだが手を挙げるものなし。 1980年頃のことである。 その後、米国“遊学”などで二年ほどのブランクを経て、外資系のIT企業のメンテナンス部門に入社しての配属先は、保守部品の倉庫業務。 その在庫管理の道具が、今でこそ必需品のモニターとキーボードと白い箱の一式であった。 前任者は多少オタク系の厳しい方で、引継ぎはほぼなし。 その白い箱は、今で言うエクセルのような表計算ソフト内蔵の、データベースと簡易言語での簡単なプログラミングが可能なパソコンであった。 大変だったのは、前任者の設定した動きから、管理方法が変わったり、在庫拠点が増えたりで、プログラミングの解読と修正が必要で、否応なしに日々パソコンの前に座ることになる。 便利だが、便利のためには誰かが苦労する罠! 1985年前後のことである。 お陰でパソコンを触る機会をいただけた。 世界ではコンピュータ関連の“巨人”であるIBMがパソコン本体、それを動かすためのソフトウェアにマイクロソフトを採用したことで、IBMのパソコンが市場をリードした。 しかし、日本語変換問題とアルファベットの入力装置(キーボード)の問題で、日本での普及は遅れた。 パソコンの各機能のグレードアップでの処理速度改善で、ようやく数年遅れで日本でも普及し始めたが、当時はメインフレームという特別用途のコンピュータシステムの端末が各机に置かれていて…、本来の用途以外はメールシステム程度だったような…。 1990年前後のことである。 

私は幸か不幸か米国“遊学”当時の英語学校で、タイプライターの授業があり、アルファベットの配列はさほど苦にしなかったが、私のデスクの周りには、両人差し指を駆使してキーボードを打つ人はたくさん見かけた。 この問題を解決しないと日本での普及はないのだろうと思った。 IBMとマイクロソフトの蜜月当時から、機械とソフトウェアを一体で生産していたのがあのアップルであり、当初からモニターに映し出される画像が画期的であった。 そのエンジニア達を引き抜いて、マイクロソフトが発売した製品がウィンドウズ。 今でも、パソコンが病気になると、スパイ大作戦に出てくるような暗号めいた表示になるところは、IBMとの蜜月時代からの土台の上にウィンドウズを上乗せしている二重構造であることがわかる。 そのウィンドウズとマウスの登場で(アップル信仰者は昔からその問題はないのだが…)、量産化と英語圏以外の地域にパソコンは市場拡大することになる。 キーボード問題は今でも解決していないのだが、人間は便利なもの、使いたいものがあると、魔法の人差し指のように障害をどうにかして乗り越えるようである。 2000年前後になると、端末はパソコンに置き換わり、机の半分程度をパソコンが当然のように陣取るようになる。  

会社では、貴重な情報資産の保護と日々の運営に欠かせないため、ある程度の出費をしてセキュリティの強化を行う。 最近、パソコン内を支配するのはマイクロソフトとグーグルであるが、私にとっては相当に不満がある。 コンピュータウィルスとのいたちごっこは理解できなくもないが、パソコンそのものの所有者は我々である! にもかかわらず、勝手にソフトの更新とか、ハード(機械)の限界を“脅迫”してくる。 私が現在会社で使っているパソコンは誰かのお古でウィンドウズ10で動いているが、2025年10月でマイクロソフトのサポートが終了になっていて、買い替えが必要な様である。 サポート終了とは、セキュリティ強化も含めて更新プログラムの無償提供が中止されるということである。 パソコンはもともとその構成部品の半導体も含めて、小さな部品の集合体で、その隅々まで伸びる細い配線は、まるで毛細血管のようである。 その一つでも詰まると不具合となる。 業界の品質管理の分野では、バスタブ(浅い風呂の湯舟)カーブという曲線があり、その不良率は新品当初が一番高く、一度隅々まで導通してしまうと急激に下がり、安定期になる。 その後、徐々に寿命を迎える部品が増えると言われるのだが、最近はそのカーブの末期にプラスして、勝手にまたは訳が分からずに許可したモノがパソコン内に蓄積するようである。 人間でいうところの動脈硬化とか生活習慣病である。 蓄積物の排除のソフトを走らせると、至る所に溜まっているのが分かる。 人間と違い電気製品は見た目は変わらないが、生活習慣病は徐々に忍び寄るのである。 

パソコン購入を決意したのは、京都赴任時代からの長い付き合いの当時中古で購入したパソコンの生活習慣病の悪化からである。 ウェブサイト閲覧中に次のサイトに移れず、「閲覧データの削除」というメッセージの指示があった。 誘導されるがままに、グーグルのメニューから削除を実行した。 閲覧履歴、クッキー、キャッシュ、ダウンロードなどのデータを一定期間選択して削除できる。 ここ数年よく「クッキーの許可」をパソコンから求められるケースが多くなっていた。 パソコンユーザー歴40年超の私は、恥ずかしながら分からないまま許可していた。 クッキーとは各サイトが私のパソコンの中にサイトへのアクセス情報のデータ(非常に容量は小さいらしい)を保存しておき、次のアクセス時に自動ログインできたり、必要な画面に飛べたりする便利機能らしい。 私はすべてのデータを全期間で実行した。 削除後は確かに不便になった。 最もショックだったのは、ウェブ上の将棋ソフトで、まもなく二段というところだったが、15級に逆戻りしたことであった。 多少は回復したが、根本改善には至らず、買い替えとなる。 それから、今回の生活習慣病とは無関係ではあるが、選挙などで偏った情報の閲覧が問題になっている「検索アルゴリズム」の問題もある。 徐々に、人間のやりたいことを忠実に実行してくれていたパソコンという私の旧友が私に要求するようになる。 インターネットを介した旧友の向こうには巨大なシステムやAIがいるのである。 私の老後の趣味でもある3G(囲碁、ゴルフ、ギター)も、結果の記録保存、練習方法などユーチューブ閲覧、それから楽器の演奏もキーボード(鍵盤楽器ではなく入力装置)に置き換わっていて、旧友とは言え依存度は高まっているようである。 このブログもそうである。 旧友の生活習慣病を労わりながら、頼りすぎない付き合い方を模索しなければ…。


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