「私たちの望むものは生きる苦しみではなく 私たちの望むものは生きる喜びなのだ」今にして思うと余りに抽象的で、ある意味では商業的と言えなくもない。 大御所、岡林信康の【私たちの望むものは】という、当時はテレビに登場する歌謡曲ではないが多くの人が知っていた、ヒット曲である。 当時、高校生だった私は、深夜ラジオで初めてこの曲を知り、簡単なコード進行でもあったので弾き語りで歌いながら涙を流した。 あれから50余年である。 当時は何に涙を流したのだろうか? 彼のお手本となった米国では、反戦や人種差別など社会的、政治的な問題を取り上げた歌があり、ボブディランの「風に吹かれて」などは代表的な曲であった。 「砲撃が永遠に停止されるまで何発の砲弾が飛び交うのだろうか」と歌っている。(その国はいまだに砲撃を続けている!) 当時の私としては、どちらも同じレベルで社会に何かを訴えていると感じており、それに私も同調していた、今でいう静かながらも“押し”活動だったわけである。 その当時の“押し”は、政治的な意味を持つか、音楽的な意味にとどまるか、で大きく意味合いが違っていたようである。 私が大学に入学した頃は、すでに学生運動も下火になってはいたが、先輩たちの中には経験者や影響を受けた人たちもまだまだ残っていて、サークルの一環として活動している学生も多く、大学周辺の下宿やアパートを回っての勧誘活動が行われていた。 音楽的な単なる“押し”活動の当時の私は、政治的な真剣な“活動家”の卵の勧誘訪問者に、心の中で「あなたも私も単なる趣向、趣味で活動しているだけ」などと思っていた。 まだ若いのに、十分に屁理屈男であったようである。
私自身のこれまでの主義主張を考えてみるに、自分としては、昨日より今日、今日より明日が自分を取り巻く環境が良くなってほしい、という思いが根底にある。 様々な問題があり、やろうとしていることが実行できない現状と、遠い将来のことではあるがこのようにあるべきとするあるべき姿。 不幸にもこの現状とあるべき姿を結ぼうと思っても、ほとんどは交わらない。 私はどちらかというと、あるべき姿から落とし込もうとする。 例えば、なぜ渋滞が起きるかという話の時に、私は「信号待ちしている運転手等が、青になった瞬間に全員アクセルを踏んだら渋滞は緩和される」みたいなことを真剣に主張し、先輩や友人から笑われたり、やり込められたりした。 あるべき姿、理想論から始まるため、自分ではどちらかというと、保守ではなく革新と位置付けていた。 英語ではリベラルとよく聞く。 Liveral:自由である。 対比語は、Paternal:父親的というらしい。 「パパ、ママ」のパパのPaなのだろう。 ただ、語源的には、Pattern:型とすることもあるらしい。 リベラルから来るイメージは、自由、改革、理想論、労働者、若者などであるが、実はよく分からないことも多い。 特に、徐々に年を取り、“父親的な”発言を子供にしていたり、リベラル→左派→社会主義→管理経済のような、元々“自由”が語源のリベラルは、自由を許すと貧富の差が激しくなるため、ルールを作って管理する傾向にあったりする。
日本人の歴史観から見ると、狩猟中心の生活は早々に稲作中心となり、その後は脈々と水田による稲作の改良を行い、水の取り扱い、災害への対応など、地域ごとに助け合いながら生活する農民と、その収穫高に換算した土地の面積を領地とした豪族の関係。 その豪族は、自然を作り出した神様を先祖とする天皇から認められた領地を支配した。 庶民:お上の関係である。 その関係は、武家の体制になっても、明治になっても基本は変わらず、戦後になり突然取って付けたように国民主権となり、投票で“お上”を決めるわけである。 ところが、何となくではあるが、庶民:お上の関係は今も継続していて、立法・行政、司法の最前線の警察までもが、“お上”という発想が残っている気がする。 “お上”の言うことは絶対であり、逆らうものを警察が捕まえるのも何となく当然と思う気持ちがある。 私はそんな日本人が置かれてきた戦後の雰囲気の中で成長したのである。 今日よりも明日、あるべき姿、心情的に自由をお思いながら、政治には多少無関心で、“庶民”を十分楽しんできた気がする。 それが、年を取るにつれ、社会的な問題点、“日本を憂う”気持ち、次の世代にウンヌンカンヌンとなり、俄か政治評論家的な発想をするのであるが、最も悩ましいのが選挙である。 本来なら、保守と革新とか、経営者と労働者とか、自由主義と社会主義とか、対立軸があり、2大政党が存在するなら、分かり易いし選択肢もある。 日本の場合は戦後はそうだったかもしれないが、 基本は庶民:お上の発想しか浮かばず、対立軸は存在しない。 その庶民受けするすべての受け皿が〇〇党にはあり、選挙では庶民受けする政策を並べて〇〇党が勝利し、その中の極少数の〇〇党員が、庶民受けする公約とは無関係な独自の政策を唱える有力政治家を選択する。 そんな流れが脈々と続いてきたのである。 そういう意味で、私はリベラルでもなく、〇〇党が嫌いなわけでもないのだが、庶民の受け皿を壊したいための、反〇〇党なのだろう。
岡林はサビの部分では「今ある不幸せに留まってはならない まだ見ぬ幸せに今旅立つのだ!」と訴えている。 その通りである。 幸せ・不幸せは人それぞれで感じ方が違うのだが、言えることは今日よりも明日の方が幸せに(よりよく)なると考えることには同調する。 その上で彼は、自分で切り開くことを「今旅立つ」と表現しており、 “庶民がお上にやっていただきたい”と思うのではなく、自分で切り開くことを主張している。 いまだに私は庶民の領域から抜け出せていないが…。 年を重ね、環境も変わり、自分の灯が消える時が遠くない時期になりつつあるのだろうが、長年続けてきた“押し”活動を、ここで方向転換してしまうことはこれまでの自分にも申し訳がなく、次の世代には、晩年の私の印象が強く残るはずであり、その意味では、私は自分の長年の“押し”活動を“その時”まで追い続けなければならないし、追い続けたい。 “その時”はいつなのか? ボブディランは歌っている「その答えは風が教えてくれる」と…。 私もその答えを風の中に探そう!




抒情詩の様だね!(^^)!
返信削除コーラス部 勧誘待ってたのになー・・こんかった・・
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