水と空気の話

 
水と空気は小さい頃から、当たり前のように自分の周りには存在していて、理屈で理解する以前から、体験する現象を無意識のうちに受け入れて、生きているわけである。 水も空気も、それぞれ液体、気体という分子の結びつきが弱い流体であるため、目に映らないところで起きていることを学んで、体験してこそ、理解したと言えるのである。 その意味では、小学校の理科の実験は好奇心をそそられ、楽しかった気がする。 実験した上で理屈を学ぶと忘れられない。 しかし、実験と理屈が直接的には結び付かなかったり、実験をすることが困難な現象だったりでは、自分の脳の中で、どうしても理屈という文字と現実の映像が結び付かないことがある。 私の場合は、海岸から海底を見ると水中が歪んで見える現象、キュウリに塩を掛けると水分が出てくる現象などがそれに該当する。 もちろん、入射角と屈折の関係であること、密度の差による浸透圧が働くことは理屈では分かっているのだが、現実の映像と理屈が結び付かない。 もちろん、水と空気以外にも、地球上には生き物が登場する前から、存在する物質があり、それらもまた別の「不思議」の要素になっているのであるが、人間にとっては、当たり前のように自分の周りに存在している水と空気が作り出す現象「不思議」は、何か特別なものである。

子供の頃、天気予報のために全国津々浦々に気象庁の観測基地があり、測定する人が常駐していると聞いたことがあった。 一時期は、国土地理院の測量する人、もしくは気象庁の観測する人になりたいと思っていた時もあった。 私は単に、地図を見ることが好きな少年であったというだけの理由で、地図の細部に関わる仕事に興味があったのであるが、子供心にどちらも遠い道のりであることは分かっていたのだろう。 長い間忘れていた40歳になる頃だったか、気象予報士という資格の人が突然テレビに登場し、気象に関わる一般人の存在に多少興味が掘り起こされたが、時すでに遅しと諦めていた。 ところが、年金受給の自由な身になり、その興味は再燃している。 以前記事にした「証しコレクター」としての国家試験、気象予報士である。 受験するかどうかはともかく、とりあえず興味を満たすことにする。 気象予報士の参考書を買ってきて学習開始! 「とりあえず」としたのは賢明だったようだ。 まさに、水と空気が作り出す現象「不思議」そのものである。 私の動機は、地図の細部であり、「流体のミクロ」の細部ではないのである。 ただし、本人はいまだに理系の端くれと意気込んで参考書のページを開くも、難しい! 以前から気が付いてはいたのだが、目に見えないところで起きている現象を、定理とか公式で表現され、それを使って問題を解くという授業がよくあった。 その時に感じたことであるが、多分脳のやる気の問題と推測するが、分からないものを分かる喜び、分からないものを押し付けられる苦痛、分からないものを丸呑みしてクイズを解く喜び、の三種類の生徒が居たような気がする。 最初とその次は好奇心の問題で、好奇心さえくすぐれば同じ「喜び」を味合うことになるが、最後のケースは、歪んでいて目的がすり替わっている。 私は当時から“丸呑み”派の生徒だった気がする。 今回も“丸呑み”派のパターンであるが、年輪のせいか、クイズを解かないせいか、“丸呑み”以前の問題で、参考書を開くと眠くなる! 「気象学」と呼ぶらしく、現象の理解と言葉の定義が同時に登場して混乱する。 「乾燥している空気が上昇して温度が下がってもまだ水滴ができない状態」と言えば済むところを、その現象を「乾燥断熱変化」と呼ぶことを数行に渡り説明するため、何のことだか分からなくなってしまうのである。 丸呑みは止めにして、分からないことは「分かるまで待とう」とする。 時間は豊富にあると思おう。

折角、政府研究機関が集中するつくば学園都市のそばにいるので、気象庁の研究所の見学ツアーを探してみた。 それらしきツアーを発見したが、残念ながら予約が必要で、しかも5人1組らしい。 私の身内や友人ではこのテーマで5人集めるのは難しく現時点では断念するしかなかったが、東京虎ノ門の気象庁ビルの1Fに気象科学館なるものを発見した。 しかも無料である。 他の用事のついでに早速立ち寄ってみた。 残念ながら、高齢者の好奇心を満たしてくれなかった。 週末であったこともあり、家族ずればかりの中にポツンと高齢者である。 仕掛け自体は、竜巻の原理とか、津波の模型とか、地震の原因の地殻の模型とか、十分興味はあるのだが、私が説明を読んでいるうちに、私の周りに子供らがチョロチョロとやってきて、模型を動かすボタンを押しまくるため、仕掛けの現象にたどり着けず、残念な結果となってしまった。 それから、私は天気予報に興味があるのだが、気象庁の仕事は予報ではあるが、災害関連の予報も重要な仕事で、展示物はそちらに力を入れている様子であった。 せめて、記念に「天気図用紙」を購入しようとしたが、売店もなく…。 私のような“変な人”は少ないのかと諦めて常磐線に乗った。 後日ネットで調べてみると、やはり“変な人”はいるものである。 「天気図用紙」は無料ダウンロード可能、その上、「気象通報」による天気図作成の動画。 例の「石垣島では 東北東の風 風力4 曇り 1016ヘクトパスカル 15度」という各地の天気のラジオ放送である。 今でも毎日1回は放送しているようで、天気図を書いてみたくなる。 ただし、初心者があのペースでは難しい。 ふと考えたが昔ならテープレコーダに録音できたが、家には演奏以外の音声のみの録音器具はない。 策はないかと探していると…。 長年パソコンを使っている私も知らなかったが、ウィンドウズにはサウンド(ボイス)レコーダーという機能がデフォルトでインストールされていた。 結果はともかく、有意義なゴールデンウィークとなった。 

「気象学」の学習は、クイズを解く喜びとは関係なく、もうしばらく“我慢して”続けることにするが、今回は、水と空気の「不思議」を改めて考えてみることになった。 私がイメージしている「不思議」が起きているのは、地表付近の高度11キロまでの対流圏と呼ばれる世界で、そこでは高度が高いほど、密集度(気圧)が低く、温度が下がる。 そのほんの11キロの隙間に、地球の引力に吸い寄せられた水と空気が存在し、幸か不幸か、今までのところ宇宙に放出されることもなく、循環活動を繰り返してくれているわけである。 我々そこで“生かされている”生命体も、究極的には水と空気からできていて、“生まれつき”関わり続けているのだろう。 余りに身近で当たり前すぎるのだろうが、様々な「不思議」(物理現象)があったり、その物理現象の結果として、美しい風景があったり、その風景から文章、絵画、音楽などの情緒的な感覚も生まれるのである。 対流圏の中にあるすべてのものは、水と空気の「不思議」の手の中にあるのである。 ちなみに、「気象通報」のラジオ放送はNHKの番組編成の関係でこの4月以降NHKAM放送で1日1回に…、 利用している人は“変な人”ではなく漁業関連、登山関連の方々…、気象予報士試験には天気図作成はない、ようである。




コメント

  1. 匿名5/08/2026

    齢を重ねた今、知識欲が湧き出ているというのは、潜在能力の発揮か、はたまた、学生時代にゆっくり休養させた、脳細胞が活性化したのか・・・いずれにしても、実行に移し、行動するのはすごいね!(^^)! 尊敬します!(^^)!

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