東の桜川


「西の富士、東の筑波」と言われているということは、ロケーション的にはその東西のビットウィーンの場所、とすると江戸の人から見て、関東平野にそびえ立つように見えたのだろう。 茨城県民からするとちょっとだけ恥ずかしい気がする。 西は3776メートルの日本一の高さと美しさ、世界に誇る山である。 東は877メートル、頂上が二つに割れていて必ずしも美しいとは言えない。 毎年、この時期になると茨城県の桜の名所を記事にしてきた。 今回は新たに茨城県民としてはちょっと恥ずかしくなる東西の比較、「西の吉野、東の桜川」を検証したい。 茨城県民の名誉のために言っておくが、これもやはり東西のビットウィーン、つまり江戸の人から見た桜の名所ということなのだろうか? 「西の吉野」は、古今和歌集にも登場し、南北朝時代には南朝の拠点であった由緒ある地である。 桜の名所、特にソメイヨシノは全国どこにでもあるだろうが、たぶんソメイヨシノが世に出る前の風景なのだろうとは思っている。 桜川は茨城県の中西部、ちょうど茨城県地図を想像して、横幅がいちばん狭そうに見えるところの南側に位置する。 これも市町村合併で、平成17年に、岩瀬町、真壁町、大和村の3町村の合併でできた市である。 桜川のヤマザクラはソメイヨシノよりも多少遅れて開花時期は4月上旬から中旬。 まだちょっと早いかもしれないが、どこかの国の戦争の直後で、石油節約の声が聞こえ始めて多少罪悪感を覚えながら、片道1時間余りのドライブに出かけることにした。

桜川市は筑波山を中心として、土浦市とは180度に位置する。 穏やかな西側ルートが主流であったが、最近のナビは朝日峠トンネルのお陰で、石岡市から笠間市方面へ北上する東側のルートを奨励する。 桜川市は、桜で有名なこともあるが、土浦市から霞ヶ浦に流れこむ「桜川」という川の源流、出発点である。 まずは源流付近を起点としてみようと、北側の栃木県との県境近くの山を目指した。 旧岩瀬町である。 全長63キロである。 源流と思われる付近まで運転してみた。 想定内ではあったものの一級河川のはずが、用水路のようになり、単なる溝となり、暗渠のようになって見失った。 準備段階で場所を入念に調べていたこともあり、暗渠の中から流れ出る地点まで確認できた。 源流地点付近で興味深いものを見つけた。 石裂(いしわり)桜である。 県道289号線が徐々に狭くなって中央線も無くなったあたりで突然現れる。 道路脇の山肌にむき出しになった大きな岩の上部が裂けている。 植物の根が岩を割いたらしい。 花が咲いていないためその植物が桜とは認識できなかった。 その県道はますます細くなり、農道か林道状態になり、それを抜けると石切り場跡に到着した。 この辺り、笠間桜川一帯は良質な花崗岩の産地のようで、石材会社がやたらと目につく。 稲田石、真壁石である。 墓石、建物、彫物の材料となるのである。 

思わぬ時間を取ってしまったが、桜の名所としての桜川の話に戻す。 桜川市は盆地のような地形で山々に囲まれており、中でも里山のヤマザクラとして有名な、栃木県境を臨む北側の斜面には沢山のヤマザクラが自生している。 しかし、訪れた日はやはりちょっと早かったようで、また駐車場から一時間程度のハイキングコースを上り下りしなければならず、タイパ(時間対効果)を考えて諦めることにした。 ただ、北側のみならず、四方の山々は白っぽい斑模様に見え、多分それらが徐々に華やかに彩るのだろうと想像した。 桜の報告のはずが時期尚早では終われないと思ったが、「桜まつり」はすでに開催中との紹介を頼りに、櫻川磯部稲村神社及び磯部桜川公園を訪ねた。 こちらは、どこにでもある風景と思いながらもソメイヨシノっぽい桜で満開であった。 ヤマザクラで意気消沈であったが、古くから磯部百色桜と言われ、その種類・香り・花弁が散り川面を満たすことから桜川と名付けられたという説明を見て、里山のヤマザクラだけでなく、この磯部地区の桜も含めての名所ということのようで安心した。 平地から始まり里山へと移っていく、長い期間の桜まつりを楽しめるのだろう。 「東の桜川」恐るべし…かもしれない。

帰路は筑波山を左手に桜川を右手に見ながら、穏やかな西側ルートをドライブする。 30分程度で桜川市真壁町(旧真壁町)に到着する。 真壁は筑波山の南側のつくば市に隣接し、以前からの生活圏で親しみがある割には、旅行やゴルフの度に町を通過するが市街地までは足を運ばず、車を降りるのは初めてとなる。 市街地には真壁城址と伝統的建造物群保存地区があり、やる気になれば、中心部に駐車し徒歩での観光が可能である。 私は中心部近くの真壁伝承館に駐車し、まずは情報を仕入れることにした。 無料である。 平氏の流れをくむ真壁氏の城下町として繁栄したが、江戸時代に入るとその真壁氏は秋田へとお国替えになり、その後笠間藩に吸収され廃藩となっている。 ただ、関西方面から東北方面への木綿の流通拠点、周辺の物産が集まる拠点として繁栄し、伝統的建造物としての商家や蔵などは今でも中心部に点在し、川越や佐原程ではないが伝統的な雰囲気の町並みは楽しい。 市街地近くを流れる桜川まで足を延ばす。 源流からほんの15km余、この辺りからは一級河川らしい川幅になってくる。 関東平野の端っこであるが、高低差の少ない所を流れているのだろう。 市街地に戻り、伝統的建造物のお菓子屋で、桜川市に桜を見に来たのだから、桜餅でも買って食べ歩きをしようと思ったが、どこにでもある桜餅ではなく、別の和菓子屋で真壁銘菓平四郎という最中を買うことにした。 餡がずっしりと詰まっていて美味しかった。 
車に戻り、あとは土浦までの帰路である。 途中からは、廃線になった旧関東鉄道線路跡にできている自転車専用道路も桜川とともに見え隠れする。 旧関東鉄道は旧岩瀬町から旧真壁町を通り土浦を結ぶ路線であった。 私が土浦に引っ越した頃はまだ存在していたらしく、当時、今ぐらいの好奇心があれば、体験していただろうと悔やむ。 当然ではあるが、左手の筑波山は角度によって見え方が変わり楽しい。 ユニークな形だからこその楽しみ方かもしれない。 そう言えば、真壁はひな祭りが有名であることを思い出した。 里山のヤマザクラも今回は諦めている。 伝統的な商家の桜餅もやはり気になる。 またも、将来また来ようという締めくくりになってしまう。 我々高齢者はそんなに将来に“ツケ”を残してよいのだろうか!!



コメント

  1. 匿名4/22/2026

    いい時間過ごしていますね!(^^)! もっかい行こう は、ありでしょうね! 食い意地張ってる自分は、もう2回 金目しゃぶ のためだけに、伊豆稲取に出かけています。きっとまた行きます!!

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