今は昔、昔は今?

「春はあけぼの…」「徒然なるままに日暮し…」「今は昔竹取の翁…」 などなど、物語の書き始めは古典文学の頃から、インパクトのある名調子が多く、内容は忘れてもその名調子だけで使いたくなる。 私の生まれ故郷、長崎県の離れ小島のことを何となく特別に思えたエピソードがある。 高校の古典の授業で「徒然草」の冒頭、先生が「長崎県内の方言で、退屈でやることがないことを、《とぜんなか》という地域があるが、この中にも居るか?」とクラスを見回し、私だけ恐る恐る手を挙げたのを思い出す。 あの言葉は「徒然草」から来ていたのか、そう言えば、島内の地名に「平家谷」というのがあった。 「今は昔」は今が昔に思えるわけなので昔はもっと昔、つまりは、昔話の語り始めの「むかしむかし…」のようである。 そういう意味では、今回の記事は、「今は昔」?それとも「昔は今」?と思いながら…。

かつて単身赴任していた京都の会社に、今でも手伝いで訪問するときがある。 以前も触れたちょっとオーバーランして片道600キロ以上の往復乗車券にすると一割引き。 しかし、不覚にもエピソードとして会社の担当者に伝えてしまい、訪問の経費精算は払った金額分になってしまっている。 確か2026年にはその制度もなくなるはずであるが、今回の訪問ではまだ有効のようである。 特急券の予約は「えきねっと」というWEBオーダーで対応してきたが、例のモバイルSuicaの登録時に、JREJR東日本)のIDを取得したので、今回からは「えきねっと」を経由せず直接ログイン、また、やっとモバイルSuicaの出番と思いきや、土浦~高槻間の往復切符の”乗車券のため、使いたかったモバイルSuicaはお預けとなる。 当日、往路切符で改札を通過し駅ホームで特急を待っていたが、昨日食べ残した
「志ち乃」のどら焼きの半分をポケットから取り出しながら思いついた。 自動販売機でホット缶コーヒーを購入し、その支払いにモバイルSuicaを使ってみよう。 スマホを取り出しログインし、IDと書いてあるセンサーの前にかざすと、残金千円と表示された。 使える! 常磐線特急は運行距離が長いのかよく遅延する。 乗り換え時間の少ない予約システム推奨通りの選択のため心配していたが、とんとん拍子で土浦から京都まで3時間半で到着した。 冷たくなった缶コーヒーを飲み干しホームで分別廃棄した。 西大寺駅で京都市バス13系統に乗り換え、目的地の停留所に到着。 このバスの終点は私が住んでいたアパートがあった場所である。 当時は一律220円だったような…と思いつつ、この場面も使える! 慌ててスマホを取り出しログインしセンサーにかざした。 若者気分であったが、若者はこんなには慌てないだろうと一人苦笑した。 おかげでなにか楽しい往路であった。 たまに傷は昨日今日と一か月ぶりの天候で富士山は見えなかった。 見慣れた風景、そして、まだ多く在籍している見慣れた後輩たち。 滞在中はお役に立てるように活動しなければ…。

LinkedInというサイトがある。 もともとは転職サイトだったような気がするが、転職も視野に入れている人が登録しているワールドワイドのサイトで、出身校や仕事経験を登録しておくと、自分に関係のある人達が閲覧したり、仕事の紹介が有ったりする。 私の転職活動はよくある転職サイトを活用したため利用経験はない。 しかし、もう転職など関係のない身であるが、消去するのも面倒なのでそのままにしている。 私が初めて工場での管理職を経験した時に、日本の大手企業の工場で生産技術をしていた非常に爽やかで前向きな若者が居て…。 私と彼とセットでの採用だった模様。 私はその彼のおかげで工場の改善活動をずいぶん勉強させてもらい、頼りきっていたのだが突然の退社。 能力のある部下はボンクラな上司の下では続かない、とはよく言ったものと諦め、自ら問題には顔を出し火中の栗も拾った。 その彼が、LinkedInで私のプロフィールを見ているとのサイトからの通知。 大変懐かしく、サイトのメーリングシステムから連絡を取った。 彼は当時から私がゴルフ好きなのを覚えており、ゴルフの約束をした。 彼とのゴルフはやはり房総半島の工場付近のゴルフ場にした。 当時は月曜日の早朝、わき道から国道408号に入り、成田空港を抜け、はにわ道路を通る約2時間の道のりを通勤し、金曜日夜に同じ道で戻ってくる、いわば
平日単身赴任状態であった。 近年開通した高速道路は使わずに、今回も同じ道を選んだのだが、牛久大仏の下を通るあたりで、最近東京近郊の安価で利便性のよい場所に急増している大きな倉庫ができており、ずいぶんと変貌した道路をナビを頼りに走った。 だいたいの風景は当時のままで懐かしい! 約2時間でゴルフ場に到着! 少し太った彼はまだ50代半ばで、バリバリの会社人間であったが、彼のゴルフは風貌や仕事と違い…。 私も人のことを言える立場ではないが…。 

プレイ中、どうしても聞きたくなり、彼が会社を辞めた理由を聞いてみた。 当時、製造と営業は不毛の議論の真っ最中で、「製造コストが高いから売れない」「ボリュームが増えないから製造コストが下がらない」と歩み寄れず、その上、利益を出すためにリストラを含めた徹底したコストカットを要求され、爽やかで前向きな彼には我慢ならなかったようである。 とりあえず、ボンクラな上司のせいだけではなかったようである。 その後は、その時の経験を活かしながら“必殺仕事請負人”として、国内海外で活躍を続けたようである。 少しホッとした。 喉の奥にかすかに残っていた小ぼねがやっと外れたような気分になった。 そのあと、当時はどちらかというと暗い気持ちで通ったかつての通勤路を通り、建て替えられていた数棟の建屋も含めた工場の全容を、正門付近から一緒に暫し眺めていた。 我々にできなかったことを、後輩たちが実現していること、嬉しくもあり、多少の空虚感もあった。 彼は当時と変わらず爽やかな笑顔で「またゴルフしましょう」と私を見送った。 ミラーで確認したら、以前から見慣れた工場の正門付近に、以前とは異なる風貌の彼が立っており、ちょっと違和感であった。 殻の外での生活も六年目になり、精神的にも肉体的にもスキル的にも通用するものは少なくなっているかもしれないが、これからも後輩たちの成長を楽しみに見守りたいし、エールを送ることはできる~会社もゴルフも。 やっぱり、「昔は今!」であると思った。 




コメント

  1. 匿名3/07/2026

    想い出の整理の旅、懐かしさと、変化への驚きと安堵・・いい旅してますね。今週末、懐かしい街へ行きます。もう、焼きそばやも、角の喫茶店も、夜中にシャッターたたいた酒屋もないけど、ちょっとおしゃれに変わった母校の前を通って、旧友たちと、馬鹿話をして、青春に浸ってきたいと思います(#^^#) 元気で動けるうちに心置きなく・・・

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