政府は、エネルギー不足解消と日本製品の市場開放による貿易黒字が必要で、海外進出を目指した政策を実行したかった。 そのためには経済的にも軍事的にも強いニッポンが必要であった。 大国の様子をうかがいながら慎重に進める必要があった。 ただでさえ資源の乏しい国であった。 摩擦を起こすことまでは望まなかった。 ただ、経済力でも軍事力でも世界一とは言えず、特に冷静に判断すると超大国には大きく水を開けられて…、ただ、世界でも一目置かれるレベルの存在にあり、慎重すぎる姿勢にはメディアも国民も物足りなさを感じていた。 メディアの中には、徐々に過激な記事が目立ち始め、都合の悪いことは記事にせず、起きた出来事は少し誇張することが多くなり、それに同調するように、国民の中にあった物足りなさの反動として、ある種のブームにより、政策よりも感情優先により、慎重で曖昧なグレイではなく、白黒はっきりさせるような空気が充満して行った。 それは、当事者たちの想定をはるかに超えたうねりとなっていた。
私の経験の話をする。 外資系の企業で働いていた頃、海外にいる上司(日本人ではない)が、私の居た拠点を定期的に訪問した。 訪問すると拠点挙げての“オモテナシ”をした。 オペレーションレビューと呼ばれる期間中の出来事を掻い摘んで報告する会議が実施され、担当部署のプレゼンが行われ、その締めくくりには今後の方針と施策を代わる代わる発表した。 その後、上司が気になっている内外のキーマンとの面会で、発破をかけたり協力要請したり、夜は上司を囲んでウェルカムパーティ(宴会?)となるのである。 一人目の上司とはウマが合ったのか、それほどに失敗や要求はなかったような記憶があるが、二人目の上司はウマが合わなかったのか、何をプレゼンしても受け入れてもらえない時期は数年続いた。 その上司が代わる時には本当にホッとしたものである。 あれから二十年余り経つ。 その上司の名前は私の心の年表には登場させないように、節目と思われる時は特に自分の意志で、ポジティブに対処することに心がけてきたのだが、いまだにその時に何度も言われていたフレーズを覚えてしまっている。 「施策のないところには実行なし実現なし」。 彼は的を射ていない施策には“施策なし”と判断した。 消し去るどころか二十年後の今、公私ともにPDCAを回す場面では、必ずそのことを考えてしまう。 例えば、「方針:2年後には10%コストダウン、施策:従業員教育の実施」、これではコストダウンは実現しないと思うだろうし、このプレゼンは聞きたくない。 せめて、「施策:製造ラインを改造して生産量を10%増やす」となると、方針と実現が結びつく。 実現に結びつかない方針は実行してもムダになるのである。 “耳障りの良い”実現と結びつかない方針は、彼にとっては単なる耳障りなプレゼンだったのだろう。
冒頭の話に戻る。 この話は私の記憶とイメージでの太平洋戦争直前のニッポンの状況である。 当時生まれていないので、あくまでも私の理解の世界であるが、「政府は施策を説明し、メディアは事実に基づく報道をし、国民は施策を評価する」べきだったのである。 今回の衆議院選挙は…。 「方針:世界に咲き誇る強いニッポン、施策:まずは私に投票して…」しかもメディアはSNSで、制限がなく国民は見たいものだけ受け取れる。 これでは、太平洋戦争の私が思う反省と全く同じである。 ドイツでは戦後の反省を踏まえて、独自の過ちを犯しづらい仕掛けが存在すると聞くが、ニッポンには憲法では国民主権、基本的人権の尊重、平和主義との三原則があるものの、いつしか解釈の問題になり、改正の主張も大きくなっている。 方針や施策を作る前には、反省があり、問題点があり、原因がある。 その原因を踏まえた方針や施策でなければならない。 私的には戦後の反省を踏まえるとせめて「政府は有権者の感情に訴えるのではなく、実行したい施策を訴える」ことを原則とすべきである。 要するに、私の中では政権与党としては感情に訴える手法は禁じ手である。 最近、グーグル検索でAIによる概要をよく見るようになっているが、たぶんAIには著作権がないのでそのまま流用する。 「個人より国家や民族の利益を最優先し、強力な指導者への服従、敵(異端者・少数派)の排除、民主主義や自由主義の否定、軍国主義的・排他的ナショナリズムを特徴とします。」 なんか、世界の現状に似ている。 これは、AIによる概要の「ファシズム」という言葉の説明文の後半である。
踏み越えてはいけないポジティブブログのラインを越えてしまったかもしれない。 ただし、今回の記事を書きながら、ポジティブの意味をもう一度考えておきたいと思った。 ポジティブ(Positive)を辞書で引くと、「確実な、確信のある、積極的、楽天的、いい、役に立つ、賛成の、好意的な、陽性の」などである。 どこの国の言葉も同じであるが、元の言葉の意味から微妙にニュアンスの違う意味まで表現の幅がある。 私は家族の中ではポジティブ人間ではないらしいが、対外的にはポジティブ人間と自認してきたつもりである。 その基本は、将来に希望が持てないと問題解決に期待が持てない、今を楽しく過ごせない、である。 置かれた環境によっては自分には高すぎる壁となって、ポジティブ思考になりえないこともある。 私のブログの考え方では「積極的な、陽性の」である。 しかし、二人目の上司へのプレゼンは「楽観的な」ものだったのだろう。 楽観的なプレゼンには真剣味がないかもしれない。 ただ、今の私にとっては、どちらも「ポジティブ」である。 方針と現実がつながっていることが理想であるが、方針と現実がつながっていなくても、宣言することで方針に向かおうとする思考回路は働くし、何よりも、将来よりよい生活を送る可能性を秘めているように思える。 片方に振れた振り子は必ず戻ろうとするだろうし、憲法の三原則は基本的には反対する者はいないと思うし、いつかきっと景気も外交も回復するだろう。 そう考えてみると、「ポジティブ」は人類すべてが持ち合わせているものであるが、後天的に表現方法で変わってくるものかもしれない。 努力して培っていくもののようである。 ただし、個人の方針/施策/実行においての影響は私一人であるが、部署や会社の場合は数十人から数百人レベル、政府の場合は一億人レベルである。 影響が広範囲に及ぶほど「楽観的」ではなく「確実な」ものでなければならないのである。 そんなことを思いながら、今週もミニロトの当選者発表を楽しみにしている自分に苦笑いする。






戦争を仕掛ける国の、開戦までの手順・・・1.経済の掌握、攪乱 2.情報操作 ➡1.商業者として、資本付きで国民を送り込み、経済コロニーを形成➡永住権、市民権を得て、政治に参入(カナダ、アメリカで顕在化、南アフリカは、その手前) 借款で縛り返済不能に至らせ、重要な拠点、権益を掌握(一対一路で発覚)2. 日本では、帰化人の政治参加、議連への浸透、ハニトラによるコントロール、メディアの資本掌握➡情報操作、機密情報の取得 心当たりあることが多いような気がしますね。これに、移住した同国民に指令出せば、蜂起がおこる仕掛けかな~ 夢かと思いますが、着々進んでいるように感じるのは僕だけ?
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