昨年の暮れ12月に入って、スマホ不調! ブログ作成のためにはカメラ機能は必須であるのだが、撮影画像の保存ができない! そのうちに、画面上のアプリのアイコンを押しても反応なし!または画面が真っ黒になる。 再起動すると立ち上がるまではサクサク、キビキビガンバっている風なのだが、結局は同じ現象となる。 近くのショップに持っていき「メモリー不良だと思うのですが、見ていただけませんか?」と切り出した。 見渡すと大学生のような風貌の若い店員数名。 応対に出てきた店員の最初の質問は、購入してから何年になるか?というもの。 約6年と応えると機種変更の時期として、余り原因を調べる意図を感じられず、かつ、カウンターの奥でちょっと話した後、機種変更の見積もりを持ってきた。 今よりも倍近い月額料金で、数万円のスマホ料金を2年間で半分くらい支払いながら、その後はまた機種変更するのだそうである。 つまりは倍近い月額を払い続ける? 納得できず、また来ますと店を出て、別のショップを訪ねた。 思い起こせば前回スマホ交換したのは京都単身赴任時代。 突然、ラインの更新ができないというメッセージでラインが使えなくなり、スマホのOS(スマホを動かす基本ソフト)のバージョンが古いことが原因だったが、スマホ自体が更新後のOSに対応していない。 やむなく当時流行り出していた格安スマホをネットで購入し、自分でセットアップを試みた。 しかし、アプリやデータを完璧には吸い上げることができず、発端となったラインは名前に!(ビックリマーク)を付け、別のユーザーとなっての再デビューとなった。 今回、別のショップでは、1円スマホという選択肢も紹介され、スマホ料金の上乗せ以外でも前の店よりも安く、相見積もりのような形でこちらを選ぶことにした。 その後は、同じ電話番号を継続するために以前の携帯会社からMNP予約をもらう必要があり、電話を掛ける。 客が離れる側なので非常に対応が悪い。 今回はラインのアカウントが名前!!にならないようにアプリとデータの移行もお願いすることにした。 パソコンでもそうであるが、こうしてハードウェアにお金をかけない2世代くらい前のものを選択するがゆえに、普通は備わっている機能が使えなかったり、更新できないソフトがあったりするのである。 根っからの貧乏性である。
アンドロイドスマホ(iPhone以外のスマホ)では、スクリーンショットを撮るときには、スマホの右側の2つのボタンを同時に押すらしいのだが、私の旧スマホではどうしてもそれができず、スマホの性能の問題か、私が同時に押せないという運動神経の問題か、判別できなかったが、新しいスマホではサクッと撮れる。 また、テザリング機能(スマホをネットのアクセスポイントとしてWiFiルーターの役割で子機のネットアクセスを可能にする機能)が無料で付いている。 旧スマホでも可能であったが、契約時のデータ通信容量によってはすぐに通信限度ギガ数を超えてしまう。 前回入院時や移動中の列車内で困った記憶がある。 この2つの機能だけでもメリットは大きい。 またスマホには、自維の「議員定数削減法案」同様に期限が過ぎると自動的に契約成立する無料アプリがあり、要注意である。 家でのネットプロバイダ契約や支払いのカードの提携など割引があったりもする。 それら購入時の契約をスマホのマイページで確認し整理することと、スマホのブルーツース(無線接続機能)と車のハンズフリーを接続することで、移行の手続きはほぼほぼ完了である。 大変な手間である。
データ通信容量、理屈は理解しているつもりである。 電話的活用とは別に、ネット回線を使ったパソコン的活用である。 事前に調べているわけではないので、ショップでは店員の質問に誘導されるしかないが、購入後に私なりに整理してみた。 データ通信1GB(ギガバイト)を基準に考えてみる。 文字のメールは約2000通、画質のよい写真添付のメールは200通、WEB閲覧は200画面、オンラインゲームは1時間、動画は30分ということになるようだ。 判断が難しいのは1か月の累計データ通信量となるため、この5つのパターンの組み合わせが複雑になる。 例えば、動画を毎日1時間(2GB)、WEB検索を毎日20回くらい(0.1GB)行う人は、その他メールやライン通信を考慮すると1日3.1GB使用と見積もると、1か月では少なくとも93GBの契約が必要になる。 私の契約では、メールやライン、WEB閲覧が中心である。 テザリングは1回きりの旅行時は使えるが連続する入院中は無理なようである。 契約容量を超過すると、スマホは壊れたと思うくらいじれったくなり、料金も跳ね上ったり…ということになる。 結局は出費を抑えると、広告で見るような便利なことにはならないようである。
話は少し変わるがその広告の話をする。 私も最近では、WEBの検索でほとんど最初に登場する「AIによる概要」は良く活用するようになっている。 非常に偏った説明ではなく、WEB上のたくさんのデータの中で常識的な説明を知りたいことがほとんどで、簡単で的を射た回答を得ることができている。 私の中のAIに関する理解は、開発やクリエイティブな情報や個人や団体の特有な情報に関するものではなく、これまでに誰かが経験して、それを公にしている情報において、威力を発揮するものと理解している。 先日仕事上で、「AIを活用した〇〇」という製品の説明にやってきた営業の方と意見交換する機会があり、良い機会と思い根掘り葉掘り聞いてみた。 というのも、その製品は、導入する際に社内の情報をデータベースとして登録する作業があり、その後は、その情報を活用し、現実に即しなくなった場合は、担当者が情報を修正する、であった。 それらは、会社特有の情報であり、AIが起きている結果に対して学習して修正を加えていくものでもない。 データセンターのコンピュータではなく、一台のパソコンで十分できそうな気がした。 その営業の方は、ビジネスにつながらない高齢者との会話を途中で打ち切って去って行った。 たぶん、AIとは名ばかりなのだろうと思った。
今後、高速通信手段やAIの活用やクラウド化などはますます進むことになる。 その時に、パソコン関連のこれまで汎用性のあった便利なものも、セキュリティの観点からは個人使用化されていくようである。 つまり、“この便利な機能を使うためにはここにサインしてください”的な誘導をされるような気がする。 こちらの意に添わず、言い換えれば、相手の意のままに契約が完了する傾向になっていくのではないか? 以前であれば、名の知れた、店構えのよいお店では、CSR(コーポレートソーシャルレスポンシビリティ:会社の社会的責任)的自制が働いて、客の味方であると信用してきたが、そうとも言えなくなってきているような気がする。 新しいものには極力挑戦しようとは思ってはいるが、自分の理解の領域を超えるものには、自分なりに主導権を握る必要があるのかもしれない。 ただ、それでは自分の理解が及ばないものには関わらないということになってしまう。 以前腰が痛くて病院に行った時のことを思い出した。 結構年配のお医者さんだった。 症状を聞かれたので「ぎっくり腰だと思うのですが、荷物を持って立ち上がるときにぐきっとなりました。」と応えると、「病名は今から私が診察して決める!」という一言。 理解できていると思ってもひとまず説明を聞く! 自分の理解の領域で話を進める! 理解の届かないところは関わらない! 悩める高齢者は立ち位置に困ってしまう。 撮影のために旧スマホの電源を入れてみると、家のWiFiを通じて、いまだにメールの受信音が続いている。





WIFIが良く切れるので、ルーター寿命かなと、取り換えたけど、やっぱり切れる。で、バッファローにお電話。リセットしてみてくださーい!・・・したけど一緒。不良品やろ(# ゚Д゚)
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