正月文化に思う【私の過去・現在・未来】

長崎県の島で育った子供の頃は、全国高校駅伝は確かラジオで聞いていた。 NHK第一放送のすぐそばの周波数にお隣の国の強力電波の放送があり、なぜだかアナログのダイヤルをいじっていないのに、勝手に雑音やハングル語の放送になり、頻繁に再調整していた。 大掃除は、大きな箪笥や家中の畳を表に出して数時間干す。 その間に畳と床板の間の乾燥用の古新聞を替えるのだが、どうしても古新聞の記事を読むことになる。 父親は地方公務員であったが仕事納めの翌日が大抵餅つきの日で、小さい時はできた餅を丸める役目しかできなかったが、そのうちに、つく人、こねる人、餅を返す人、蒸したもち米せいろを運ぶ人など、年々グレードアップする役割を教えてもらうと、自分の成長が認められたことになり、うれしかったものである。 私は次男坊の末っ子で華奢な体系でもあったので、大方のグレードアップの役割は兄に廻ったようで、何となくいつも兄にみんなの目線が注がれることが、うらやましくもあり、悔しくもあり、ただ、背伸びしてもできない。 そんな子供時代のせいか、注目を受けたいまたは目立ちたくないという両極端、つまり注目に関して意識過剰な成長期を過ごすきっかけだったのだろうと思う。 大みそかは、女性たち(我が家は母、祖母、叔母、姉など女性多数)はおせち作りで遅くまでにぎやか。 私はお屠蘇づくり。 例によって病院からもらってきた煎じ薬のようなお屠蘇の基を日本酒と砂糖の瓶に入れ、一晩寝かせる。 それが済んだら、昆布とスルメを長さ2センチ、幅5ミリ程度の短冊状にし、それぞれ真ん中に切り込みを入れ、松葉上になった両方を組み合わせた。 そのお屠蘇と昆布スルメセットは、家族や訪問者が正月最初に口にするものとなる。 
大みそかの仕事の合間または終了する頃には紅白歌合戦を家族で見ることになる。 父親は村田英雄などの演歌、母は越路吹雪などのハイカラな歌(今にして思うと宝塚系)、子供らは流行歌が好みだったようである。 元旦の朝は、父親が雑煮に入れる餅の数を家族全員に確認し、餅を焼く。 雑煮は醤油だしで、カシワ、蒲鉾、野菜などが入っていた。 のちのち様々な地域の文化に触れ合うと、醤油・味噌論争、具材論争、焼き・煮るの調理法論争などの話題につながる重要な文化体験である。 元旦の朝は年賀状の配達が待ち遠しい。 数センチの年賀状の束の大半は父親宛だが、家族の宛名ごとに仕分けするのも重要な役割だったのである。 私にとっては、年末年始期間は、毎年クリスマス前の日曜日に開催される全国高校駅伝から始まり、様々なイベントとテレビ番組の「お正月」を過ごし、成人の日(当時は1月15日)のラグビー日本選手権で締めくくるのである。 

今は…というと、高校駅伝は午前は女子、午後は男子の“鮮明な”テレビ中継。 畳の部屋は少なく、大掃除は板張りのワックス掛け程度で、窓や網戸の掃除は暖かくなる頃への後ろ倒し。 年賀状仕舞いから数年、今年はこちらから宣言できない目上の人への4枚のみ。 紅白歌合戦は、いまだに広範囲な支持を得る努力はうかがえるが、韓流か旧ジャニーズか、ルックスも歌もダンスも変わり映えしない男性グループ、〇〇48系統またはその類似の可愛いを売りにするグループが異常に目立ち、自分のことを、かっこいい、かわいいと意識しているかの発言のそれら“今どきの若者”に閉口する。 いつも見ていた元旦の天皇杯サッカーや1月15日のラグビー日本選手権は、プロリーグの開始とともに重要な大会ではなくなり、廃止または価値が失われてきた。 初売りは元旦から始まるため、いつでも食品コーナーで買い物ができ、保存食のおせち料理は不要のはずだが、形式的にはお正月気分を演出してくれる程度、作ったり買ったり、また、お屠蘇はいつしか本醸造の日本酒になり、元旦の朝だけは新年のあいさつ後、継続して朝酒が飲めるのである。 思い出したが、大学4年の時だったか、友達のアパートで正月休みを過ごすことにし、大みそかに鍋料理で盛り上がったが、元旦の朝からは食べるものはなく、駅弁を買いに行くことにしたが、なんとなく意気消沈し、2日目の朝の駅まで行ったついでに新幹線に乗り、彼は東へ私は西へと帰省したことがあった。 最近では人手不足のため、働き方改革が進んできて、大手企業は以前のように元旦や三が日の営業は控える傾向にあるようである。 1月15日が成人の日でもなくなり、年末年始期間は、前倒しで10日前後の週末に初詣に行き、正月の飾りものを納めて終了となっている。 

時代の流れであり、暮らしの重みづけの趣向であり、それが新たなお正月の文化の変遷をもたらすのだろう。 ただ、会社でもそうであるが、一年を振返り、次の一年をイメージすることは、節目としては良いことである。 周りの環境の変化を理解し、自分自身の変化も理解し、定期的にイメージのアップデートをしていくことは大事なことである。 そういう意味では前号の「詞遊び」とつながっている。 私としての振返りと抱負としては、【秤(バランス)を意識して不自然にそれをいじらず流れのままに…ではあるが自分自身を表現していきたい】という思いである。 健康問題においても仕事においても、急激な変化は求めず長いお付き合いをしながら、気が付いたら少し違う立ち位置に…という思いである。 それを意識したわけではないが、年末に小さなサボテン(カクタス)を買った。 若い頃の旅行で野生の大きなカクタスを見て以来、私の中では憧れの存在であった。 育てるにはうんともすんとも言わないのであるが、このカクタスの成長に気づく位、ゆったりとした暮らしを続けたいという思いである。 
観客が少なくても細々と「殻の外」の気づきを記事にしようと始めたブログであるが、なぜか昨年あたりからインターナショナル化している。 このような回りくどい日本語の文章であるがゆえに、おそらくは日本の方、または日本の文化をよく知っている方と想像する。 そのことを踏まえて、今年はちょっと調子に乗って、SEO対策(検索エンジンでサイトを見つけやすくする機能)に挑戦し、より多くの人との触れ合いを意識したい。 ポジティブ継続のためには、新たな挑戦も必要で、もっと長い文章も書いてみたいし、昨年自分としては下火だった作詞作曲も、囲碁も、将棋も、ゴルフも、俳句も…、少しずつでもよいのでできていないことを実現したい。 相変わらず欲張りである。 欲張りと言えば、正月早々他国に攻め込んだ国のニュース、並行してその国のプロリーグに挑戦する日本の若きプロ野球選手たちのニュース。 無理やり結びつけることもないかもしれないが、私の中ではその関係は見逃せない。 理不尽な理屈でお金が流れ込むようにしてきた国が、その多額なお金を以って有能な選手を引き寄せている。 その国も「ちぎり」(バランス)と「サボテンの成長」を感じながら、急激な変化は求めず、長い付き合いに心掛けてほしいと思うのだが…。 今後も同じような正月文化を味わうことはできるのだろうか?




コメント

  1. 匿名1/11/2026

    拡張、進展の人生から、ゴールに近づいた感の漂う晩年(熟年)。いつまで、指が動くのか?。いつまで声が出るのか?いつまで、ギターを持ち運べるのか?遊んでくれる仲間はいつまで存命?なーんて考えると、「今しかない」遊び時なんだよなー。淡々と仕事してる場合じゃないんだがな―・・・なーんて思ってしまいます。

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