長崎には有名な出島という地名がある。 長崎港にある扇の形をした人工の島で、鎖国時代の重要な貿易拠点であった。 今は「出島」という電停はあるが、陸続きで一部石垣が残っていて、当時の外国商館が立ち並ぶ観光地である。 茨城県にも出島村という地名があった。 現在はかすみがうら市になっている。 以前記事にした霞ヶ浦の形の二本の角部分(一端が土浦市、もう一つが石岡市)に囲まれた、おそらく霞ヶ浦大橋ができるまでは“陸の孤島”だったのだろう。 その霞ヶ浦大橋を渡った霞ヶ浦と北浦に挟まれた場所は、“陸の孤島の向こうの地”ということか? 多少の起伏がある地形は、やはり太平洋プレートが沈み込んでできたか縦縞の“小じわ”の凹凸だろうか。 この辺り一帯は市町村合併で行方市(なめがた)となっている。 行方市の東の境界が北浦である。 湖としては異常に細長い。 鹿行大橋(鹿嶋と行方を架かる)を渡るともうすぐ太平洋であるが、“陸の孤島の向こうの向こうの地”ということになる。 この北浦の北端の湖と川の境界線が非常に微妙な地域から太平洋岸一帯が、合併以降は鉾田市である。 “陸の孤島”から太平洋まで「何もない!」中に畑とゴルフ場が目立つ地域である。 その「何もない!」茨城県の紹介を試みてみたい。
霞ヶ浦大橋東側に「道の駅たまつくり」がある。 道の駅らしく地域の特産が並ぶが、農業県らしく農産物主流で、定番の青菜類、根菜類の他、落花生、さつまいもなどが並べられていた。 隣接して何故だか「どうぶつとみんなのいえ」なる、キリンやアルパカなどがいる変わった施設があり、また道をはさんで霞ヶ浦を一望する「虹の塔」という展望タワーがある。 「どうぶつ…」は大人1650円といつも費用対効果を考えて気が引けてしまう。 「虹の塔」は大人440円也。 一度は登ってもよいかも…だが想像どおりの眼下の風景は、あまり感動を呼ばない。 何となく多目的な施設があるためか駐車場はいつも混んでいる。 車以外にバイクやサイクリング車?(最近はロードバイクと呼ぶらしい)が多い様で、運転を楽しみながらちょっと立ち寄るには最適なのだろう。 ここからは直進は鉾田、左折は石岡、右折は潮来の標識があり、右折することにした。 行方市は南側は潮来市と隣接していて、霞ヶ浦東岸、北浦西岸の大部分が行方市である。 目的地は大橋から約5キロの西蓮寺。 茨城県に住み着いてから40年になる。 一度も訪れていなかったが、魅力的な寺院であった。 古い感じの残る山門、鐘楼、本堂などの建物。 また、元寇の勝利の記念に造られた相輪塔は国の重要文化財である。 頭部には宝珠と火焔(かえん)の大輪。 また樹齢千年を超える大銀杏、山門付近の桜は鑑賞の時期に出直したい。 ここで一句「静かなり火焔(かえん)の塔と大銀杏」。
分岐点まで戻り、約14キロ、30分弱の田舎道を東へ走ると鹿行大橋に到着する。 途中、この辺りには珍しい、小洒落た洋菓子店を発見。 ご当地米を使った米粉バームクーヘンが売りのようである。 ふた切れ購入したら、小松菜とカブのオマケつき。 不思議なセットであるがご当地の雰囲気満載。 北浦はやはり河川の延長線である。 神栖と銚子を結ぶ銚子大橋は利根川河口付近であるが、銚子大橋の方がはるかに長い。 鹿行大橋と呼ぶが、鹿島神宮、鹿嶋工業地帯、鹿島アントラーズなど知名度の高い鹿嶋市は北浦東岸の南半分で、鹿行大橋東側は鉾田市である。 私が茨城に来て間もない頃、このあたりの一帯は大洋村と呼ばれていて、太平洋に面したあたりの別荘がよく広告に載っていたが、その太平洋岸までは約6キロ、10分で到着する。 まだ当時の名残らしい別荘的な建物は残ってはいたが、別荘地らしき面影はその程度である。 国道51号線沿いに「鹿島灘海浜公園」を見かけた。 「ひたち海浜公園」と同格な名前の響きであったが、太平洋を一望するウォーキングや地域密着型の公園であった。 やはり、国営と県営の違いのようだ。 無料であるがほぼ素通りした感じである。 鉾田市とその一帯の今の売りは何といってもメロンである。 茨城県は日本一位二位を競うメロンの産地で、その茨城県の中で産出量一位の自治体である。 ビニールハウスは多く見かけたが、立ち寄れそうな、「メロン狩り」とか〇〇農場とかの看板も見当たらず、旬でもないことから、「ファーマーズマーケットなだろう」に立ち寄り、メロン特産地を味わうことにした。 こちらは名前の通りJAの道の駅の印象である。 特徴的なものは、ゴボウ、冬瓜、さつまいも、それから、やはり名称にメロンが付いたお菓子類や飲み物が目立った。 メロンボンボン、メロン入りあん最中、メロンもっちりケーキ、茨城メロンサイダーなど。 あん最中を一つ購入し早速食べたが、言われてみれば匂いがするようなしないような…。
帰り道は、霞ヶ浦北端の石岡市高浜を目指すことにした。 この辺りはたくさんのゴルフ場があることで、以前訪れたことがあったが、その周辺に前方後円墳の古墳群があり興味が湧いた。 古墳時代、5~7世紀に造られたものらしく、前方後円墳であることから、当時から大和朝廷の影響が及んでいたこと、すでに霞ヶ浦の水運で賑わっていて大きな豪族が存在していたことなど、貴重な史跡のようである。 国道のすぐ脇にある三昧塚古墳、この辺りはこれまで何度か通過しているが、実は目立つ。 整備もよく10メートル弱の頂上に立つと、厳粛な不思議な気持ちである。 もう一つの茨城県二番目の大きさの舟塚山古墳にも行ってみたが、こちらは正反対で古墳の側面や平らな部分は住民の墓地であり、駐車場もなく、鳥居と説明の立て札があるのみであった。 この辺りは古墳が多い様である。 高浜はJRの駅名では以前から知っていた。 土浦から2駅、石岡の1駅手前である。 東京で吞んだ帰りに居眠りして乗り過ごし、降りたことのある駅である。 交通手段が発達するまでは、江戸・東京を支えた水運の中継地点として栄えたようである。 小さな町並みには、いまだに多くの石蔵やレンガ造りの遺跡のようなものが点在している。
近くのちょっと寂れた食堂で食事をしたが、霞ヶ浦で採れるウナギ、白魚、ワカサギ、鯉など淡水魚が名物なようで、鯉の煮つけは美味であった。 最近では厄介者のブラックバスが多く採れるようで、海水魚スズキ目の淡水魚ということで、調理の仕方によっては淡泊で美味しいとのこと。 近い将来、霞ヶ浦の名物に加わるかもしれない。 以前訪れたときのこの辺り、朝焼けの霞ヶ浦の北端は、爽やかで様々な鳥のさえずりもあり、思わずバードウォッチング(リスニング)したくなった。 何もないと思っていたが立ち止まってみるとそれなりに楽しい! 高齢者の楽しみ方としてはありである。 メロン、桜、大銀杏の旬の時期、名物昇格後のブラックバス、買い物に野菜のオマケ、古墳も石蔵も二つの大橋も二つの湖も…。 何もないけどちょっと魅力的である。






環境を見直す余裕ができてきたんですね!(^^)! うらやましい!
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