先日、お付き合いしている金融機関から、「エンディングノートの手引き」をもらってしまった。 まだまだ付け足したい項目が見つかってしまった。 これまでも完成に近づくことなく、延び延びになってきた。 その原因の一つは、元気なうちは本人がまだそのノートを本気で使用する気持ちになっていないことである。 もう一つは、その中に記載されなければならないことが、ここ数年ブームになって来て、今回のような形式や内容や魅力的な新商品など、どんどん出てくることである。 ネット上の資料によると、我が国は「多死社会」を迎えていて、これからも毎年死者数は出生数を引き離して増え続け、2038年が年間170万人でピークになるようである。 私はその頃83歳ということで、平均年齢的に見るとすでに適齢期を過ぎ、十分“お年頃”であるのだろう。 私としてはそんな中でも、需給バランスが今後崩れていくことを想定すると、様々な新商品を手遅れにならないように、先延ばしせずに決めていくことが大事だとは思う。
私は末っ子の次男坊であるため、幸か不幸か「喪主」の経験がなく、人が亡くなった時の流れは、幾つかの体験や様々な会話の中で、断片的に出てくる情報をつなぎ合わせて理解しているに過ぎない。 今回、埋葬についての契約だけでも進めようと、県南、県央の主に樹木葬の施設を見学し、説明を聞くことにした。 その中で得た新たな情報を加え、頭の整理をしてみた。 その理解は大分類では次の二つ。 人間の死を断定しそのあとの物理的な処置、行政上の戸籍をはじめとするデータベースからの抹消手続き。 前者では、まずは死亡の確定で医師または病院が行う。 その後埋葬までは、運搬(病院から保管場所)、保管(通夜や告別などの儀式)、運搬(保管場所から火葬場)、火葬という順序であるが、微妙に宗教的考え方やシキタリ的な要素が混在している。 仏教では四十九日を「忌明け」の法要としており、故人の冥福を祈り、送る側も通常の生活に戻ることから、この法要後に埋葬することが多いようである。 ただし、確固たる規則があるわけではない。 肝になる部分には法令に基づく書類が義務付けられており、医師による死亡診断書または死体検案書、役所への死亡届及び火葬許可申請、その火葬許可書を火葬場に提出、火葬場からは火葬許可書に執行済みを記載した埋葬許可書、つまり、最終的にはお骨と埋葬許可書を受け取ることになる。 刑法との関わりが大きいことが分かる。 後者は、7日以内に役所への死亡届の提出。 平行して14日以内に、年金受給停止、健康保険資格停止、介護保険資格停止、世帯主変更などがある。 こちらは民法との関わりである。 それと金融機関への届け出。 こちらは相続がらみの話であり、ネットを見ていると各金融機関が事細かに説明してくれた後、まとめに相続に関する相談は〇〇銀行へ…ということになる。 勉強させてもらった私の簡単な理解では、死亡後の名義人のお金の移動は停止となるが、例外的に家庭裁判所の仮処分が不要な額が決まっており、 相続対象額の三分の一と法的に相続人が受け取れる額の関係、またその最大は150万円であるらしい。
樹木葬の見学及び説明を聞いていると、必ず登場するのが「葬儀屋」である。 物理的な処理に関する登場人物を考えると、死亡を確定するのは病院であるが、火葬を執り行うのは…。 これは案の定であるが、市町村営であり、ちょっと不遜な言い方かもしれないが、一般廃棄物処理施設と同じでその方面で仕事をする私としては理解しやすい。 それでは、病院と火葬場をつなぐ行程、私の説明では、運搬→保管→運搬であるが、まず運搬は、貨物自動車運送事業許可(国土交通省)が必要。 保管は、都道府県知事の許可が必要のようである。 見学時には、病院からの遺体の引き取りは必ず「葬儀屋」にお願いする必要があるとのことであったが、これらの許可の話である。 また引き取り後には、(必ずではないが)通夜や告別式などの儀式があり、それに伴う身だしなみや装飾、儀式の進行など様々な不慣れな流れがある。 法令的には二つの許可であるが、一般的にはこの不慣れな流れの方が目立っている。 ビジネスとしても、不慣れだからこそ成り立っているのかもしれない。 つまり、物理的な処理に関する登場人物は、病院→葬儀屋→(市町村の)火葬場ということになる。
「墓地・埋葬等に関する法律」という法律がある。 埋葬・納骨は墓地や霊園など決められた場所に行わなければならず、 それらの墓地や霊園は、都道府県知事の許可が必要である。 厚労省の指針には、墓地の運営本体は、市町村または宗教法人や公益法人とされており、営利目的では許可が下りないようである。 墓地や霊園は一般的には寺院や神社などの宗教法人が管理運営してきたが、見学説明時にはほとんどそれら宗教法人は登場せず、しかもその本堂本宮は遠く離れていることも多いようだ。 見学説明を担当するのは、石材会社の名刺を持った方であったり、△△葬祭とか××会館つまり「葬儀屋」の方だったりする。 その全国区のWEBサイトのほとんどは「葬儀屋」が運営しているという協力体制ができているようである。 もちろん協力体制ではなく丸抱えで運営する法人もあるようである。 営利目的ではない墓地霊園運営と、営利目的で運営可能な“不慣れな儀式”のコラボということだろう。 調べていると、「粉骨」に関する埋葬の規則にはまだ曖昧なところがあるようで、海洋、森林、宇宙などの散骨という商品が現れたり、微生物による分解促進を目論む商品があったりする。 やはり、この先「多死社会のピーク」まではいろいろな商品が登場するのだろうと確信する。 樹木葬の中にも、土の上の目印はともかくも、土の下の仕組みは二種類に分かれている。 地下にコンパクトな納骨スペースを設けて骨壺を収めるコンセプトは従来通りの永久保存タイプと、布袋または紙製の骨壺にお骨を収め直して自然に戻すことを想定した分解促進タイプである。 その他にも、永代供養と期間限定、個別墓と集合墓、一人・夫婦・家族・ペット可、コンパクトな納骨スペースのあるお墓まで、オプションは様々であった。
檀家の数が減少し、お寺の経営が困難になっていることはよく聞く話である。 コンパクトなお墓から永代管理料を払ってもらう取り組みは理解できる。 その収入に見合うだけの管理状態を「非営利法人」が継続担当するという仕組みである。 しかし、一括払いであれば、現行の年金制度同様で、新たな契約収入で過去に契約した墓地の管理を行うことになると、2038年以降は継続できない。 また、すでにその管理を委託している霊園では委託先の「営利法人」が儲からなければ…、表向き「非営利法人」で実は名前貸しで運営本体の会社が「営利法人」であったとしたら…、考えていくと永代供養は信じてよいのか疑問が残る。 埋葬スタイルの話ではなく、非営利と営利の狭間での継続性の問題で、どこまで契約事項が守られるのか、何せ契約者本人の死後の話である。 こんなことを考えていると生きているうちには決まらないので、樹木葬を選ぼうとしている原点に返ろう! 本人は土から生まれて土に帰る。 次の世代にメンテナンスの重荷を負わせない。 狭いニッポン墓面積を極力増やさない。 埋葬場所はいつかは山に戻る。 その間だけ“永代”管理してもらえれば良しとしよう。 これで、少なくとも“物理的な”パートに関して、エンディングノートを少し進めることができる。 米国系企業勤務時の最初の上司が米国人で、彼が帰国後変なメールを送信してきたことを思い出した。 30年余り前だったか? お骨から人工ダイヤモンドを生成し装飾品にする事業に興味はないかというもの。 当時は俄かに信じられず無視してきたが、今回の調査結果からすると、現実味を帯びているようである。






終いを自ら・・立派です。!(^^)!私は、とりあえず、坊主不要、戒名不要、あとは好きにやってねで、終わりにしようと、先に死ぬことを前提に丸投げを決め込んでいます。
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