「証し」コレクター

  ゴルフの開眼の話は何度も記事にしているが結果が伴わない。 記事の中でも、スコアではなく再現性を上げることを、自分に言い聞かせるかのように書いてきた。 結局のところは、1ラウンドでパター以外で65打前後スウィングする中で、何度不本意な打球を打つかであるが、実は本人の気持ちの落ち込みほどはスコアは落ち込まない。 目指す再現性を実現した時のスコアと現実では、10打も変わらない。 最も影響が大きいのは、OB(ゴルフ場が指定するプレイできない領域)や池、バンカーなどの人工的トラップ(罠)、草や湿りがちな土壌などの自然なトラップ等、一挙に数打加算されてしまうホールが数回重なると10打くらいになってしまうのである。 トラップでのミスは、身体と心のバランスが崩れ、ミスを繰り返しがちになる。 その上、同伴者のプレイや言動も影響する。 良い結果を繰り返すことが非常に難しいゲーム(スポーツ)である。 景色なんか楽しんでいる場合ではないのである。 ゴルフに限らず、この年になると心の底からうれしいと思う体験にあまり出くわさない。 原因は、年齢的なもの、身体的なもの、その両方とあるようである。 そんな中でも、ごく稀にうれしい出来事は起きることはある。 
 
5月17日の記事で、衛生管理士1種の国家試験を受験し、出来栄えに自信が持てず、東京港の汽笛を聞きながら浜離宮を散策した。 そもそも私は国家試験に相性が悪いというか、勝率が低い。 大学受験は1勝1敗で、3月下旬に通知を受け、心身ともに準備不十分の中、人生の大事な旅立ちをしたのである。 その後の国家試験の普通自動車運転免許では、仮免許の学科試験で手こずった記憶がある。 今回も結果発表までの数週間の間、あきらめ半分、しかし次のことは考えたくない。 
やっと気持ちを立て直し、次の試験の予定とそれに合わせた準備計画を立て始めた頃、朗報が届いた。 驚いた。 合格である。 知識を深めることは、その後も有益であるはずであるが、その後は計画を立てた参考書を今だ開いていない。 体制が理解しずらく、親切そうに見える分かり難いマニュアルを読みながら、申請書類に必要事項を記入し、不安なためか合格通知の写真を撮った上で同封し、受験申請場所とも試験会場とも異なる、これまでコンタクトしたこともない茨城県の管理団体に発送した。 それからまた数週間、資格証がやっと到着した。 改めて合格を実感した。 衛生管理士は、会社勤めをする従業員に、健康で仕事を継続できる仕組みや環境を会社に整備させ、会社の衛生に関する法令違反に対して的確にアラームを鳴らす役割を果たす国家資格である。 50人以上の従業員を有する会社は最低1名必要なのである。 重要な役割であるがあまり知られておらず、また産業医と異なり外部委託ができず、会社専属でなければならない。 ただし、年齢的に考えると、私のような高齢者に社内唯一の資格保持者としての役割に就かせる場合、すぐやってくるだろう後継問題があり、あくまでも予備要員ということになってしまうようで、有益な活用は当分見込めない。 ただ無駄ではない。 工場の管理部門勤務以来、20年になるが、工場の管理業務の多くは、衛生管理士試験で学習した内容であり、まさに集大成であり、この資格証は私にとっては、自分の経験を目視できる価値に変えたことになる。

 
近くの囲碁同好会に通うようになってからほぼ一年が経過した。 入会当時“若手”と紹介された通り、ほとんどの会員の方は70代以上、段級位でいうとアマチュア九段から四級くらいまで所属していて、皆それぞれの目的、スタンスで毎週一回の集会に参加しているようである。 若い時の趣味を継続したいタイプ、囲碁の考える行為自体が好きなタイプ、会話を楽しむタイプなど。 私にはある目的があった。 以前記事にしたように、伝統的なゲームでは長年の研究で結論付けられている法則のようなものがあり、囲碁では定石
(将棋では定跡)と呼ぶのだが、私の中では、その定石が知っていてある程度使える人は初段、効果も知った上で活用できる人は二段、自分でアレンジできる人は三段以上と思っている。 二段までは、どちらが正しく法則を使えるかの勝負になることが多いのだが、それ以上では、その法則を応用しながら、その奥にある対局者同士のゲーム判断、どちらのゲーム判断が正しいかを競うゲームになると思っている。 私は入会後試用期間中の成績から二段という段位を与えられていて、それが昇段を目指している所以であるのだが、そのハードルは高く、月1回の同好会内の正式な大会に6回連続で参加し、1回4局の対局を勝率7割5分以上、最低18勝しなければならない。 私の場合、その間がん発見と二度の入院があり、なかなか手が届かなかったが、やっと一年がかりで18勝に到達し、正式に三段昇段となった。 私にとっては、体調の安定と碁盤に向かった時の焦りのようなものを封印できた結果とホッとしている。 8月の大会時に、「三段認定証」をいただいた。 日本棋院とは直接的にはつながっておらず、「推定三段」なのであるが、ある意味では集大成と言ってよく、これまでの「勝負優先の戦いの碁」から「大局観の碁」へ、周りの諸先輩方のような年相応の碁を身に付けたい。

私は若い頃から、少しひねくれた考え方をしており、「証し」なるものをもらうことはあまり意味がなく、“実”を取るつまりその能力があることに意味があると思ってきた。 どこかの市長は「卒業時にいただく証し」が本物か偽物かで、議会が紛糾しているが、考えてみると私も似たようなもので、変なことばかりしてきた。 高校の修学旅行には参加せず、成人式は二日酔いと寝坊で参加せず、大学の卒業式の当日は友人と飛騨高山にいた記憶がある。 ちなみに、衛生管理士の試験の時に、大学の卒業証明書が必要となり、ちょっと不安を感じながら申請した。 一週間後「開封無効」なる封筒が届きホッとした。 中身を見ることはできなかったが、目的の試験合格ということは「卒業の証し」はあることになる。 年齢的な衰えのせいかもしれないが、当時の“実”や能力は普遍的なものではなく、心身ともに下降線をたどる。 
そんな時に、過去に頑張っていたことや頑張りたかったことに関して、その刈り取り作業というか、「証し」をいただけることはその分野が自分を支えてきた証明であり、さらに老後の目標になるような気さえする。 そう言えば、米国系企業在籍中に、事あるごとに仰々しい額縁に入ったアワードなる「証し」をいただいていたことを思い出す。 米国にはそういう文化がある。 囲碁同好会では、昇段直後の8月の大会で、なんと初めて(Cクラスではあるが)優勝してしまった。 4勝0敗である。 今度は6か月で何勝すれば昇段なのだろうか。 ゴルフや曲作りの「証し」は? 他に取ってみたい「証し」は? ごく稀なグッドニュースに浮かれ気味! これもたまにはよかろう!



コメント

  1. 匿名8/08/2025

    おめでとうございます。名義貸しみたいな幽霊社員の資格証にならない?会社にとって欠かせない人になったね!(^^)!

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