昔をたどる機会

 千葉の工場時代に採用した当時の部下や、本社側の親しかった友人に連絡を取り、10年ぶりに会うことにした。 「XXXランナーズチーム」という同好会で、お揃いのTシャツまで作り、マラソン大会に出場していた仲間である。 懐かしい! 当時は役職が付いていなかった彼らも、今では部長や課長の役職のようで、驚くばかりであった。 いつも思うのだが、私の様な年金生活者もそのような管理職になった仲間たちでも瞬間当時の関係に戻るところが面白い。 すでに他界した当時の同僚のこと。 工場経験のなかった私に工場のイロハを教えてくれた総務課長は今も再雇用で送迎マイクロバスの運転手として働いていて、当時二人でそんな送迎バスがあったらよいのに…と話していたこと、彼は実現していた。 などなど楽しい会話が続き、どこかのリレーマラソン大会への出場を約束して別れた。 ジョギングを再開しなければならない。 宿泊先は江戸川区の小岩、2011年3月11日には帰宅難民となり、銀行のATMコーナーで銀行の方に温かいお茶をいただき、近くの小学校の体育館に誘導され、翌朝開通したばかりの総武本線にハラハラしながら乗った思い出の場所である。 機会があれば銀行名と小学校を見ておきたかったのだが…。 駅の風景は思い出すことができ、お茶をいただいた銀行はりそな銀行であることは確認できたが、小学校は思い出せなかった。 確かプライベートの携帯電話はまだガラ携だったような、回線がパンクしてこの日は使えなかったような記憶がある。 当時と逆に小岩から東京、品川方面に歩いてみようかとも思ったが、時間とエネルギーを温存することにした。

東海道線で約30分で横浜に到着、それから根岸線に乗り換え関内駅までは10分程度。 工業会のプロジェクトで毎月通った駅である。 その時のプロジェクトはいまだに制度として残っていることはうれしい。 通ったビルは覚えていないが、窓から横浜球場のスコアボードが見えたことは覚えている。 当時とは逆方向に歩くと関内駅のすぐそばに横浜球場があった。 横目に見ながら進むと横浜中華街の煌びやかな門が見えてくる。 近い! 当時は会議が終わると一目散に戻ったため、地理的には理解していなかったが、そのまままっすぐ歩くこと15分ほどで、横浜港に到着する。 山下公園である。 公園としては狭い芝生の長方形の空間と、それを取り囲み岸壁までの石畳、公園というよりもほとんど広めの舗道である。 一度家族ときたことがあるはずなのだが、遠い昔である。 岸壁までほんの数メートルのベンチに座ってみるとよい眺めである。 正面に広がる横浜港、右手には日本郵船の氷川丸とその向こうには横浜ベイブリッジ、左前方には埠頭に停泊する中層階の高級マンションのような豪華客船、その左手には半円型の奇抜なデザインのホテルやランドマークタワーがある。 海風が吹く空の青と白っぽい船やビル群の映像の中心部にひときわ目立つ赤レンガ倉庫。 色のコントラストと新旧のコントラスト、それに生活と旅気分のコントラストも何か楽しい。 ここで一句。 「海風やモダンなビルと赤レンガ」。 残念ながら当日はどんよりとした曇り空。 青空だったらより心地よかっただろう。 横浜税関資料展示室、神奈川県庁から馬車道通と、昔懐かしい風景を抜け、ランチの場所に到着した。 この日は外資系IT企業の上司や同僚たちと定例のランチ会であった。

昔はJRの乗車券と言えば、必ず往復割引で購入していたはずであった。 子供の頃は旅の主流は鉄道で、長崎県生まれの私の旅は東の大都市圏で深く理解してなくても、往復券の方が安価であるイメージが付いていた。 家族ができたころからは、車の旅が増えたこともあり、最近往復割引乗車券を活用していなかった。 京都単身赴任時代の用事があり、京都までのチケットを購入しようとして、ハタと思い出しルールを調べてみると片道600キロを超えると1割引きとなるらしい。 早速、土浦-京都間のJRの距離を調べてみると580キロである。 京都から大阪までのどこかで600キロを超えるはずである。 高槻までの乗車券で604キロ、片道1割の割引適用となった。 割引なしで約2万円であり1割引は馬鹿にならない。 ただし、この制度2026年には廃止されるらしい。 残念である。 あと何度利用できるか。 目的の仕事を終えた後、私の住んでいたアパート近くの数人の仲間と、当時よく利用した近くの「餃子の王将」で餃子ビールで楽しむことになった。 当時は大変な問題として認識していたことも、解決はされてはいないが、何となく共存できている様子で不思議な気持ちになった。 帰りは、復路チケットを利用して最寄りの駅から京都駅へと向かった。

話は前後しているが二泊三日での以前働いていた会社の親しかった人たちと会い、当時、私が関わったこと、関りがなく知らなかったこと、業界のこと、市場のこと、様々な切り口での話ができ、彼らと仕事を共にした40年間の記憶が、水に浸した昆布のように、徐々に呼び戻されてくる。 場所的な要素、時間的な要素、能力的な要素、階層的な要素…。 当たり前のことではあるが、人間の体験というのはその中の瞬間の組み合わせで変わってくる。 また、そのヒトコマずつが自分の記憶になっている。 私の場合は今回機会を得た会社以外にも数社の就業経験がある。 たくさん経験できたことも悪くないと思っていた。 しかし、呼び戻されていくと、自分としてはその都度精いっぱい生きてきたと思うのだが、私の周りに漂っていた社内の力学というか政治というかに無頓着であり、付いていけていないことを改めて痛感する。 そして、転職のたびに目新しいことを覚えたり、人間関係を構築したり、自分の中での時間的ロス、能力的ロスを乗り越えなければならず、ひいては、人生の待遇的なロスや、最近は病気などの身体的なロスも引き起こしているのだろうと考えたりする。 ただ、そんなロスたちが、水に浸した昆布の旨味成分として水の中に溶け出していっているはずだと信じる。 いや、信じるしかない! 人生は後戻りはできないのである。



コメント

  1. 匿名6/09/2025

    想い出のトレースや、上書きは、我々の必須事項ですね。今月は、毎週、思い出を追いかけ新たな想い出づくりに邁進しています。1週間が大事になっていますね。!(^^)!

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