見晴らしの良い試験会場

様々な国家試験があるが、69歳にして衛生管理者一種の免許取得のための試験を受けてみることにした。 多少無謀かとも思えたが、衛生管理として学ぶことの中に、今回のわが身の手術や入院時に聞こえてきた用語が多く含まれるし、また、千葉の工場に単身赴任して以来の約20年間は、工場管理として半分以上は衛生管理の知識での仕事であったような気がして、その集大成とも言える気がしている。 例えば、血液は体重の約8パーセント、その3分の1が出血すると危険とか、食堂は1人当たり1平方メートルのスペースが必要とか、新入社員の雇入れ時の前後3か月以内の健康診断の結果の保存が必要とか。 二種はこれら労働生理、労働衛生、法令関連でよいのだが、一種では追加で法令関連(有害)と労働衛生(有害)がある。 日頃関連が薄いものは覚えられない。 例えば、局所排気装置の定期自主点検は1年に1回とか、ノルマルヘキサンによる職業性疾病は多発性神経炎とか。 まだまだやれると思っていたが、以前にも増して覚えられない。 各地で行われている国家試験。 私は東京の竹芝で受験することとした。 まさに東京港である。

そもそもきっかけとなったのは、常勤の雇用者数が50人を超えると、衛生管理者、産業医、男女別々の休憩所、年一回のメンタルヘルスケアが必要となる。 私が携わってきたこの20年でも、どんどんハードルが上がり、メンタルヘルス関連、ハラスメント関連、働き方改革関連など、働き手を守る側の法令改正が増えている。 これまでが甘かったと言えばそれまでだが、事業者側としても災難である。 起業の動機は、社会貢献など高尚な使命もあるかもしれないが、基本は儲かりたい!であったはずである。 ところが最近のように、働き手を守る、客を守る、生き物を守る、環境を守る、その上サステナブル(持続可能)でなければならない。  私の信条としては、どちらかと言えば事業者側の立場ではなかったはずなのだが、最近の傾向はひどすぎる気がする。 国外では捕鯨やマグロの捕獲制限、国内ではカスハラ問題など、社内では何でもハラスメント化するのである。 私は最近では、やみくもに法令順守に走ることは本質を見失ってしまうと思ってきている。 最も大事なことは、法令の最初に書かれているなぜこの法律が必要かである。 現場の状況は厳密に言えば、現場ごとに違うのである。 我々はその現場ごとのプロであったのである。 法令が作られた動機を理解し、それを達成するための施策を自分たちで考え、実行することである。 その解釈も役所に相談する前に、自分たちで解釈し、自分たちの考え方で、自分たちを守る行動を起こすことであると思っている。 必要な監査を受け、その行動が違っていれば速やかに治すことである。 とは言え、資格や免許が必要と言われたら、それは守らなければならない。

試験会場は広く、横10席、縦20席の200人収容で、どうも二部屋あるらしい。 受験者を観察してみると、女性20%、60歳以上10%、で残りは私とは明らかに年の離れた男性の受験者である。 思った以上に学生風の若者が多い。 私はほぼ真ん中の席であったため、前方100人は見渡せる場所であったが、年配者を10人ほど確認できて何となく仲間意識が湧き、全員合格しようと勝手に誓い合ったつもりで試験開始。 ここで一句「春季の試験ここそこに年配者」。 最近、“そのまんま”ばかり思い浮かんでしまう。 試験問題は44問、試験時間3時間、充分すぎる時間があったが、意地悪な国家試験問題にありがちな引っ掛け問題が散りばめられている。 「…具備しなければ設置してはならない機械には該当しない」、正しいものを選べが続いたあと間違いを選べという問題が出てくる。 分かっていても頭が混乱してくる。 衛生管理者は50人以上の雇用者がいる会社は必ず専属で雇わなければならないのである。 困っているのである。 多数の資格者を必要とするのである。 そんな引っ掛け問題に何の意味があるのか? 時間はたっぷりある、引っ掛からないように注意すると言い聞かせながら、こんな怒りが頭の中を駆け巡り、たぶん引っ掛かっているのだろう。 1時間経過するくらいから、終了して席を立つ人が出てきて、学校時代を思い出した。 幾つになっても、このシチュエーションはなんか焦り始めて、集中できなくなってくる。 そんな中粘ったが2時間弱で試験会場を後にした。 東京港を往来する船の汽笛がなにか空しい。 ダメだったかなぁ!

会場近くに浜離宮恩賜庭園があった。 以前庭園の記事を書いた時から気になっている庭園であったので、頭休め、気休めに立ち寄ることにした。 例によって入園料は高齢者割であった。 元は四代将軍家綱の弟が別邸として造ったもので「甲府浜屋敷」と呼ばれていた。 六代将軍家宣から将軍家の別邸となり、「浜御殿」と呼ばれた。 敷地はだだっ広く、それだけに整備が行き届いているとは言えず、庭園という割には感動は薄い。 植物は花暦があるほど豊富ではあるのだが、将軍家の娯楽施設的な要素も強く、馬場や鴨場などがある。 池は淡水と潮入りの池があるようである。 入園者のほとんどは外国人であり、すれ違うたびに確認すると、英語、中国語、韓国語、スペイン語、フランス語、ロシア語、たぶんそうだろうと思いながら歩いた。 円高兆候は見えるが安い日本ブームは収まっていない。 明治時代に入ると皇室の離宮となり、「浜離宮」となった。 その後、関東大震災や戦災で損傷するも、昭和20年に東京都に下賜され、庭園として再整備された。 一度は訪れたいと思っていたので、期待通りではなかったがよい機会であった。 試験のためには再度来なければならなくなるかもしれないが…。 50年も経過しているのに、試験勉強の方法は以前とほとんど変わらず、一つの参考書兼問題集を1日10ページとか区切って、覚えるくらいに読んだり書いたりするのだが、当時同様に徐々に計画はずれ込み中途半端な状態で当日を迎えてしまう。 今度挑戦するとしたら、10ページずつ満遍なくではなく、覚えられなかった部分に集中して取り組みたい。 それから、森永卓郎が生前ラジオで話していたが、出題者の意図を考えると問題は簡単になるらしい。 
実務で経験している者が、出題者の気持ちになって問題を解くというのは面白い。 やり様によっては、受験勉強も楽しくなるのかもしれない。 織田裕二が封鎖したレインボーブリッジも、CM代わりにACジャパンしか流れないフジテレビの本社も見える、見晴らしの良い試験会場であった。 竹芝から浜離宮、大通りを横後ると日本テレビのビルのある汐留、そこからほんのちょっとでゆりかもめの終点新橋である。 ゆりかもめは運転手なしのモノレールであり、反対側の終点は、築地市場の移転で有名になった豊洲である、と思いながらも今回は、品川まで延長されている常磐線直通を新橋駅で待った。 気楽にやろう。 まだ先は長いはず…!


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コメント

  1. 匿名5/23/2025

    がんばってるね!(^^)!古希の挑戦だね・・立派!!

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