どこでも富士!

 最近、自宅から東京を素通りして車で西へ向かうケースは非常に悩ましい。 高速道路がつながっていなかった時代を微かに知っている身としては、道に迷う心配は少なく、渋滞しても便利になったのであるが、早朝、深夜であれば、80キロ、1時間あれば通過することができるところ、それ以外の時間帯は2時間での通過も危うい。 そんなところに、つくばから厚木に抜ける圏央道なる高速道路が開通し、40キロ、30分強余分にかかるのだが、渋滞回避ができるのである(最近はその回避したはずの圏央道も渋滞することはある)。 どちらが速く、快適かの判断が悩ましいのである。 今回は久しぶりに通勤時間帯での移動を試みるにあたり、圏央道も含め、様々な改善も進んでいることだろうと、迂回せずに突入してみた。 常磐高速の終点である三郷までは快適であったが、その後はノロノロ運転の渋滞10キロで、八潮南、加平、小菅。 いつもそうだが、なぎら健壱のスリの歌を思い出す「窓から見える小菅の刑務所にゃ仲間が世話になってるが…」。 その後、向島、駒形辺りまではちょっとスピードが出せる。 何となく花街であり相撲の街であり、粋な感じでちょっとワクワクする。 スカイツリーが大きくなり、国技館が見え、屋上に奇妙な物体のあるビル(芸術的には炎らしい)が見える。 かつて車に乗せたことのある米国人も韓国人も同じものをイメージするようである。 両国橋から首都高速道路環状線に入る。 外回り銀座方面か内回り新宿方面かいつも迷うのだが、ナビの誘導では新宿方面がちょっと近いらしい。 深夜の首都高なら、銀座方面でライトアップの東京タワーを見るのは好きである。 中央高速との分岐を過ぎる頃には、車の流れもよくなる。 80キロ、やはり2時間を超えている。 茨城県走行中から富士山は見えるのだが、神奈川県に入ると徐々に大きくなり、御殿場では絶頂になる。 いつも通過する御殿場が今日の最終地。 東京から約70キロ。 小刻みな渋滞があり、結局自宅からは3時間半かかってしまった。 通勤時間帯の渋滞改善なしと改めて実感した。 関東の道路はいつまでも渋滞解消はないのだろうか? 少子化や若者の免許離れ、期待したいが、私の時代には来なさそうである。

御殿場で最初に訪問したのは、吾妻神社である。 徳川家康が隠居し駿府城を居城とした後、江戸に向かうときに立ち寄る“御殿”の跡地である。 御殿場という名前の由来である。 不思議とも思わずに、情報を受け入れ訪れたのだが、考えてみると、参勤交代などは東海道箱根越えか、中山道と思っていたが、家康は御殿場経由だったことになる。 不思議である。 勝手な想像だが、参勤交代はMUSTの仕事であり、大人数の大移動で大名の威厳とコストセーブが必要だが、家康の場合は余裕の旅だったかもしれない。 神社は当時は見晴らしもよかっただろうが、今では街中のこまごました場所で障害物も多く、さすがに富士山は見えなかった。 その後、御殿場駅に向かった。 富士山がでかい! 写真では小さいが…。 御殿場線は、沼津と小田原のちょっと東京よりの国府津(こうづ)を結ぶ。 思い出すのは大学受験、初のJRの一人での長旅の時に、静岡までのJR往復乗車券を購入したのだが、佐世保⇔静岡と思いきや、佐世保⇔国府津になっていて、知らない地名で修正を求めた記憶がある。 係員の回答は、往復乗車券の料金が一定の最長区間で発券したとのこと。 当時は無意味なアレンジとちょっと白けた経験があるが、今回、御殿場線と東海道線の合流地点と知る。 ついでに思い出したのが、その受験の帰りの佐世保市内のカワシモ楽器店のレコード売り場で、受験が終わったら買おうと決めていたかぐや姫の「三階建の詩」というアルバムを購入して帰った。 「22歳の別れ」や「なごり雪」が収録されたアルバムである。

東側の丘陵地、東山と呼ぶらしいが、富士山が見える側に傾斜していて、ほかの地域ならどこに行っても“富士見町”となるであろうくらい、富士山が一望できる。 昭和までに別荘が多数できたらしい。 現存するものは、秩父宮親王の別荘と、岸信介総理大臣の別荘である。 何となくではあるが、那須や軽井沢、湘南の別荘地のような品の良さがある。 私は秩父宮記念公園を訪ねた。 秩父宮親王は、昭和天皇の次の弟で、驚いたのは妻はあの会津藩の松平容保の孫とのこと。 秩父宮ラグビー場をはじめ、「秩父宮」の名前はいろんな施設に残っていて親しみがある。 公園内には晩年を過ごされた足跡が多く残り、宮家の暮らしを垣間見ることができた。 当然のことながら富士山はきれいで、巷より10日以上も遅い高地の満開の桜とのコラボを探したが構図的には不発。 東山の丘陵地は箱根の外輪山であることを知り、山登りの国道を約30分のドライブ。 通常、国道1号線、箱根駅伝でも有名な小田原から登るルートを思い浮かべるが、御殿場から“奥箱根”の仙石原に到着した。 外輪山のトンネルを通過する前に見た富士山は感動であった。 ちなみに、外輪山・カルデラという単語はよく知っているが、恥ずかしながらその原理はあやふやであった。 火山が噴火を繰り返し、山の内部のマグマの多くが噴出してしまうと空洞になり、山全体が地盤沈下した状態である。 地盤沈下しなかった境目が外輪山ということである。 

「駒門の風穴」という観光地を見つけた。 富士山の溶岩が作り出した鍾乳洞のような洞穴である。 溶岩洞と呼ぶらしいが、富士山の周りには多く点在するようである。 御殿場周辺に数か所ある中の一つである。 溶岩の固まり方によって幾つかの成因があるらしい。 平日とは言え、駐車場には数台の車があったのだが、溶岩洞内は人の気配がなく気味が悪い。 とりあえず、勇気を振り絞り、行き止まり近くまで頭をぶつけないように進んだ。 市の観光案内にはなぜか洋菓子屋さんが出ていて訪問してみた。 売り文句は「富士山の麓という恵まれた環境の中で」とあったが、空気なのか水なのか牧場からの乳製品なのか、具体的な記載はない。 市職員と店主の意図にまんまと引っ掛かってしまったようで、店内の香りに引かれて御殿場ラスクを買ってしまった。 湧水の紹介もあったが今回はパスした。 富士山一周のサイクリングコースがあるらしい。 約100キロ。 円周=2πRを思い出し、火口からの半径(R)は約16キロ、懐かしい計算である。 地図に定規を当ててみると、御殿場は約20キロ、富士宮も約20キロ、山中湖は12キロ、富士吉田は15キロ、河口湖は15キロ、身延は26キロである。 宝永の大噴火は1707年。 その火口は富士宮(新幹線側)からは右側面の山の傾斜美をいびつにしている。 御殿場からは左前面で少し気になる程度。 表富士・裏富士論争があるが、宝永の火口のお陰で、私としては裏富士に一票である。 
ただ、どの地域も同様に富士山の恩恵を受けている。 景色、別荘地、湧き水、溶岩洞、ブランド名などなど。 これらの恩恵が未来永劫続くことを願う。 この先大噴火を繰り返し、富士山内部のマグマが空っぽになると、ひょっとしたらサイクリングコースが外輪山の尾根になってしまうのかもしれない。 論争している場合ではない。 富士山を見ながら一句「富士山がどこでも見える場所は春」。 そのまんまである。











コメント

  1. 匿名5/14/2025

    富士山は、御殿場だとすごく大きく見えるね!(^^)!

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