千葉県銚子市に隣接する町のゴルフ場で、かなり早いスタート時間でゴルフをすることになった。 早起きついでにプレイの前に日の出を見ることにした。 銚子と言えば日の出である。 一年のうちで日の出が日本で最も早い時期があるそうである。 経度だけであればわかりやすいのだが、地球の軸の傾きやブレを考えるとあり得るかもしれないと思いつつも、経度しか考えようもなく、地球の一回転が24時間とすると、経度1度は約4分ということになる。 例えば、ゴルフプレイ日の銚子犬吠埼の日の出を基準にすると、岩手県宮古市は約4分早く日の出を迎える。 日本最東端の北海道根室半島の納沙布岬は約20分早い。 土浦市は約3分、京都は約20分、故郷の島は約45分、日本最西端の与那国島は72分遅いことになる。 つまり、日本列島はこの時期の日の出では約1時間半の時差があることになる。 今回の記事のテーマは神栖市である。 利根川を挟んだ茨城県側の銚子と隣接する市である。 今回は犬吠埼まで足を伸ばす時間的余裕がなく、諦めて鹿島港での日の出見物にした。 理論上、犬吠埼よりも約47秒遅い日の出であった。
神栖市は茨城県の最東部に位置し、ちょうど鋭利なナイフのような形をしていて、刃の部分は利根川および常陸利根川、背の部分は太平洋、刃の根元の部分が外浪逆浦から北浦へと続く湖?で区切られた部分とでも言おうか。 最も幅の広いいわゆる根元の部分でも10キロたらず、長さいわゆる刃渡りは30キロ弱である。 根元の部分の主要交通機関は、国道51号線、JR鹿島線(成田線)、東関東自動車道の橋が通っているが、根元以外で先端までに利根川にかかる四本の橋で千葉県とつながっている。 その中で一番象徴的なものは、やはり南端の銚子大橋であるが、先端からは多少ずれていて、大橋よりも河口に向かう両岸には、銚子港と波崎港がある。 銚子大橋は全長1500メートル、片側一車線の道路でわき見運転は怖い感じで、ワクワクしていたが結局期待ほど観察することができない。 神栖市は、平成の大合併で神栖町と波崎町が合併してできた市であるが、先端部はどうしても波崎と呼びたくなる。 銚子大橋を渡ってすぐメイン道路の国道124号線を波崎港方面に右折すると、銚子大橋の橋のたもとに出る。 橋の向こうには銚子の市街地が意外と近くに見え、すぐには離れられない気分でしばし目に焼き付けていた。 日の出見物の目的地犬吠埼までは銚子大橋から約6キロである。
茨城県の漁業生産量は、全国有数で常に五本の指に入っている。 以前何度も茨城県の全国ナンバーワンを紹介してきたが、最近のこの分野では北海道がずば抜けているので大きなことは言えない。 海岸線は単調な形状をしているが、沖合部では黒潮と親潮が交差するため、イワシ、サバ、サンマ、カツオなど回遊魚の漁場となっている。 だが、それら回遊魚たちの県沖合滞在期間は限られており、一瞬の勝負ということになる。 そのため、県内には6か所の第三種漁港があり、県内だけでなく全国的な漁港に指定されている。 残念ながら全国で13か所の特定第三種漁港、漁業振興においてより重要とされる漁港には指定されていない。 お隣の銚子港は特定第三種漁港である。 波崎港は県内一位の生産量を誇る第三種漁港である。 その波崎港と波崎海水浴場を見渡せるサンサンパークと呼ばれる二階建ての休憩施設がある。 年間通してマリンスポーツを楽しむ若者や家族ずれで賑わう施設というフレコミがあったが、「いまはもう秋~~♪」なのか閑散としていた。 ただ弓なりの海岸線は美しかったが、近くの防砂用の柵は観光客には”映えスポット”を減らしている。 ちなみに島育ちの私は水泳は得意ではないが海に入ることには抵抗はないのだが、この海では泳げない。 島では近くの島々や、遠くの島影などが見え安心感(実は近くに見えてもかなりの距離で泳ぎ着けないのだが…)があるが、この海を見ていると丸い地球に吸い込まれていく気がする。
北上して旧神栖町、鹿島方面に向かう主要道路は、ナビでは利根川寄りの国道と、太平洋側のシーサイド道路、内陸部の県道の3本しかなく、ナビの通り国道で次の目的地へと急いだ。 ナイフの刃先から根元までの道のり、仕事で訪れたことがあり、思った以上に長いのである。 途中、サボテン園など砂丘ならではの観光もあるにはあるが、花の咲く時期でもなく通過した。 次の目的地は息栖神社。 「東国三社めぐり」は関東最強のパワースポットとされており、その一社である。 私にとっては、鹿島神宮と香取神宮は以前にも紹介した格式の高い神社であると思っているが、そこに食い込む息栖神社にも是非一度参拝したいと思っていたのである。 外浪逆浦に面した湖岸に(鳥居をくぐれないほど湖岸寄り)鳥居が立っているところは、鹿島神宮に似ている。 その鳥居の前で振り返ると、本体の息栖神社が見える。 参道らしきものもなく、静かな佇まいである。 シーズンでもなく時間帯もズレている平日のためか、ひっそりとしていて、神社の庭の石畳の道で、女性占い師が観光客らしき女性二人に占いをしていたのが場違いで印象に残る。 規模や言い伝え的にも他の二社よりも小さく、スポット的にも見どころは少なかった。 「東国三社めぐり」は、お伊勢参りが遠かった関東において江戸時代から親しまれていたようであるが、私の目からは、バレンタインのチョコレートのように、江戸時代に流行った観光旅行を、観光会社がパワースポットとしてビジネスチャンスを狙ったとしか思えない。 ともあれ、時期は違うが三社とも参拝できたわけで、今後大きなパワーを発揮できることに期待したい。
この辺りは、利根川、霞ケ浦、北浦に囲まれた言わば陸の孤島であった。 交通の便が悪く、海岸一帯は鹿島砂丘で農耕地としての利用価値も低かったのだが、1960年代に入ると、首都圏に近いこと、水が豊富なことで鹿島臨海工業地帯としての造成計画が策定され、鹿島砂丘のど真ん中に鹿島港が開発された。 何というかやればできるのだ! 68年には住友金属鹿島製鉄所が開業した。 現日本製鉄である。 その鹿島は社会人野球やサッカーでも強豪、Jリーグ以降はいつも上位の鹿島アントラーズの本拠地で、様々な施設が鹿嶋市(市の名称は「鹿嶋」地域名は「鹿島」、先着の佐賀県の「鹿島」市と混乱している)に作られている。 鹿島湾はほぼほぼ神栖市にある。 鹿島臨海工業地帯には基礎素材産業を中心に170社が立地しており、最近ではライトアップされた幻想的な工場の夜景を楽しむ遊覧船や、日中の工場見学など、人気観光スポットになっているらしい。 陸の孤島であった神栖市周辺、私としては地図や活字で見るだけでなく、実際にそのスポットを訪問し目の当たりにすること、写真では伝わらない魅力がある。 日の出もゴルフも観光も、長い一日、満足な一日であった。





その昔、鹿島製鉄所や、その周辺の鉄関連の会社に友人や、後輩が配置され、神栖という地名はなかなかに、辺境といったイメージでとらえていました。アントラーズの奮起で、町自体が活性したようですね。つくばもしかり・・歴史と共に、賑わい、良い街になるというのはいいですね。
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