中央線沿線緑地帯

 東京を歩く!第3弾になる。 つまり、東京に他の用事で頻繁に来るようになったわけである。 今回は、新宿明治神宮から靖国神社まで一目散に歩くと6キロ弱の道のりである。 出発点は前回の反省を生かしながら、明治神宮の表参道からとした。 あの有名な国道246号線、皇居付近から、渋谷、二子玉川、厚木を経由して静岡県沼津市までの国道で、国道1号線が旧東海道、湘南の海沿いから箱根を越えるルートであるが、国道246号線は、東名高速道路と同じく、内陸の厚木より御殿場を通るルートである。 その国道246号線、この辺りではあの有名な青山通りと呼ばれ、表参道という交差点がある。 明治神宮の表参道である。 JR原宿駅付近の神宮橋まで約1キロの直線道路で、シャネル、ルイビトン、表参道ヒルズなどが立ち並び、煌びやかで店内から何かいい匂いが漂ってくる。 いかにも私とは”場違いな”通りである。 東京と言えば、「有楽町で逢いましょう♪」とか「赤坂の夜は更け行く♪」など歌謡曲で大人のムードの歌が多かったのだが、フォーク全盛の私たち辺りからは、ジーパン・スニーカーでも大丈夫な気軽なイメージが定着し、鼻歌も変わってきた。 この通りを歩きながら、「表参道~原宿は~♪」、「青山通り~歩いてた♪」、「赤信号悲しき明治ストリート」など気持ちは弾んだ。 私と違い”場に馴染んだ”人々が歩いているように見えてしまう。

原宿駅を横目で見ながら神宮橋を渡ると、白い砂利の広場の向こうに大鳥居が見えてくる。 半分以上は外国人旅行客のように思われるが、作りがゆったりしていることからそれほどの違和感はなく、思い思いに見物をしていた。 外国の旅行者は、手水舎や奉納の高く積まれた酒樽(明治神宮ではワイン樽もあった)などでの写真撮影が多かった。 そもそも「神宮」は皇室に由緒ある神社を呼ぶようだが、その中でも、伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮は別格とされている。 明治神宮は名称どおりで、明治天皇を祀っている神社で大正時代初期に創建されている新しい神社である。 思い起こせば、天皇が政治にある一定の影響を与えることができたのは、平安時代まででその後は明治、大正、昭和天皇であり、明治天皇は約700年ぶりに政府の頂点に立っていたわけである。 重要な節目と言えるかもしれない。 明治天皇の誕生日は、誕生の頃は陰暦で9月末だったようだが、太陽暦に直して11月3日となったそうだ。 近代国家としての文化の発展に貢献されたということらしい。 ちなみに、大正天皇の誕生日は8月31日だったようだが、天皇は毎年避暑中で、皇居に不在だったことから、国民に浸透しにくい状況だったようで、休日としては残らなかったとのこと。 昭和天皇はすでに記憶の中にある旧天皇誕生日(4月29日)で現在も昭和の日である。

明治神宮でお参りしたあとは、北参道を通って新宿御苑に向かうことにした。 御苑ももとは武家屋敷であるが、明治時代に皇室の庭園として整備され、戦後国民公園として開放された。 立ち寄るかどうかは未定であったが、明治神宮、新宿御苑、神宮外苑とつながっており、緑の木陰が多く、とりあえず向かった。 千駄ヶ谷門に到着してみると、入園料一般500円、高齢者半額の文字に惹かれて入園してしまった。 新宿でもあり、六義園と違い庭園の向こうのビルが印象的だった。 御苑を出て中央線の線路を潜ると、千駄ヶ谷の駅である。 千駄ヶ谷には日本将棋会館がある。 若い頃、初段の認定を受けるために毎月雑誌の認定問題を郵送していた将棋会館である。 認定を受けたのはちょうど二十歳の頃で、成人式の記念に、将棋盤、将棋駒、駒台のセットを買ってもらった。 今はどこにあるのだろう? そのまま神宮外苑に向かう。 千駄ヶ谷駅前には東京体育館があり、それから新国立競技場が見えてくる。 ここには神宮球場やそれ以外の施設も密集している。 明治神宮の外苑として整備されたものであるが、整備されたのちに所有権が明治神宮に移ったようである。 明治神宮を合わせると広大な敷地である。 
例の銀杏並木も含めてたくさんの銀杏が目についた。 この辺りは通行人は少なく、外苑目的の疎らな人と仕事の車である。 そのまま東に向かうと、POLICEの制服が目立ち始める。 赤坂御所である。 ここはさすがに入れない。 その囲いの終点付近に迎賓館が登場する。 これは壮観である。 気が付いたが、千駄ヶ谷、信濃町、四谷、市ヶ谷と中央線の駅を代々木から五駅歩いたことになる。 流れる川は神田川と思っていたが江戸城の外堀のようである。 神田川は井の頭公園の池が水源らしいのでどこかで合流するのだろう。 市ヶ谷付近で外堀を渡り、しばらく歩くと靖国神社に到着する。 ここは、明治2年に明治天皇が創建された「招魂社」が前身のようで、その後天皇が「靖国」と名付けたとのこと、明治政府の立ち上げ(つまり、坂本龍馬や西郷隆盛等も)その後様々な戦いの中で命を落ちした方々約240万人が祀られているようである。 心なしか、これまでの神社は木のイメージだったが、ここだけは石のイメージである。 

神宮外苑の再開発、靖国参拝と政治的に難しい場所を訪問する「東京を歩く!」になったようである。 どちらの問題も、私は賛成でも反対でもないが、今回訪問してみて思うことはあった。 どちらも固執して一つの解に走りすぎているのではないだろうか? 皇居から赤坂御所、外苑、御苑、明治神宮、代々木公園と続く緑の帯、大都会の中で驚くほどの風景であった。 外国の都市にある様なゆったり感が日本にはないと思っていたが、東京には中央線沿線緑地帯があったのである。 人口減少傾向の日本で都市の緑を切り崩すことは、多くの人の望むところなのだろうか。 靖国問題、明治以降の日本の国を靖らかにするために貢献してきた人々を祀る場所、素晴らしいと思う。 継続するべきと思う。 
ただ、日本は敗戦の前後で様々なことを切り替えながら生き延びてきた。 すべての功労者を一か所に祀ることに固執する必要があるのだろうか。 深く考えていない単なる不信心者の独り言である。 靖国神社を終着として、九段下の地下鉄の駅まで歩き始めた。 口ずさんでしまう歌がある。 「千鳥ヶ淵月の水面振り向けば~♪、澄んだ空に光る玉ね ギィ~~~♪」 武道館のテッペンの擬宝珠(ぎぼうし)はやはり玉ねぎである。 地下鉄に乗るとまたも「いま赤坂見附を過ぎたばか~り♪ 丸ノ内線の~♪」。 早くから東京に通勤していた友人曰く「東京は駅ごとに違った特徴の街があり楽しい」 私もそう思う!! ただ、今回も反省は生かせず万歩計は16キロとなった。











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