頼るか、頼らざるか?

 半年ほど前に保険の話をした。 地震保険に火災保険が含まれているとかいないとかの話であった。 その後実は問い合わせをしていた。 結論から言うと、地震保険に火災保険が含まれていない条件になっていた。 つまり、私の動機(胸騒ぎ)は正解だったようである。 喜んで変更をしようとしたが、電話の向こうのオペレータがなぜか話を先に進めにくそうであった。 話は簡単でこれまでの地震保険料〇〇円に、新たな火災保険料△△円を上乗せして支払うだけであったのだが、これまでの保険金での契約金額の設定が今の基準からは高すぎるため、契約金額を引き下げたいというのである。 その地震保険の差額分で、△△円が賄え、お釣りを返金するということらしい。 いろんな理屈が頭をよぎったが、カスハラ的なので、簡単に差額をもらえて、火災保険がついてきた!と単純に喜ぶことにした。 災いが起きなければ良しである。 カスハラの要素は、保障額が下がる提案を保険会社がするのはいかがなものか? 差額が出るならそちらから事前に連絡するのが筋ではないか?  

これも以前の疑問、怪我発生時の保険が医療保険(整理するために以後、「民間」を付ける)では対応できないこと、これも重要である!と思って考え始めているうちに迷路に…。 怪我をしそうな行動…、ゴルフは民間ゴルファー保険、交通事故は民間自賠責保険と民間任意車両保険。 散歩中の転倒、自転車乗車中の事故、山登り…などなど、どんどん確率の低い方に考えが進む。 そもそも、若い頃から怪我でも病気でも医者に係ると保険適用での3割負担(以後、健康保険と呼ぶ)で賄って来れたわけで、運悪くこの世を去る様なことが起きた時の残されたもののために民間生命保険に入っていたはずである。 そのうちに、扶養家族は減り続け、民間生命保険の役割も終わり近しか…。 若い時よりも確実にスポーツや行動的な活動での怪我の機会は少なくなり、年配者であるがゆえの筋肉や骨の衰えでの予期せぬ事故のための備えということになる。 なんとなく怪我に対する備えは不要と結論付けたい気持ちが強くなる。 そんなことを思いながら調べ物をしているうちに、高額療養費制度にたどり着いてしまった。 これまで幸い高額な治療負担がなかったから知らなかったのか、それとも行政は積極的に知らせて来なかったのか。 初めて知った制度であり、気に掛けてネット検索してみると、治療費の負担増で制度対象にできる患者に病院が紹介しているケースがあるようである。 難しい制度らしくネット上にはこの制度を説明した映像や文章がたくさん出てくる。 年間所得額によって、限度額は月額数万円から十万円近くの個人差があるようで、つまり、所得により高額の限度が異なり、その限度額以上で適用となる。 個人ではなく世帯としての合算が可能であったり、年間三度以上限度額越え月があると、限度額が引き下げられたりするようである。 また、年末調整でも気になっていた医療費控除制度とも併用できるものらしい。 怪我だけでなく病気も含めて、国の制度の運用だけで事足りているような気がしてきた。 そもそも、国民が平等に本当に困ることは、法律によって守られていて、その法律の隙間や個人差を狙って、民間ビジネスが存在するということなのだろう。 
民間医療保険は、医療費の補助レベル、入院時の待遇のグレードアップ、先端医療のサポートなど、被保険者の「転ばぬ先の杖」や”わがまま?”の助けである。 高額療養費制度は、保険適用の範囲での国の制度である。 ただ、この制度を知らなかった者からすると得した気分である。 普通の老後を普通に過ごすという意味では、民間医療保険も不要かもしれない。

ますます調べてみたくなる。 この制度が始まったのは昭和48年である。 私は高校3年生で受験勉強真っ盛り。 歴史的に見ても、戦後のベビーブームを受けての競争社会ピークを少し過ぎた時期。 頭の大半を大学受験に…、人生のすべてがこの時期で決まる…、現代の中国や韓国の選考試験に近い。 当時大学生の兄がいた(今もいる)。 たまに会うと…。 友達には各地方からの様々なヤツがいて、球技大会の応援をしていたヤツが、味方の攻撃でレフトファールフライを捕られた時に、手をたたき「場外だからノーカウント!」と言ったとか…。 当時オイルショックでトイレットペーパー不足だった頃、選挙期間中にトイレットペーパー2ロールを選挙事務所に持って行き、「政策の足しにしてください!」と受け取ってもらったとか…。 九州旅行の車中泊での通行人「この車、”クマタニ”ナンバーばい!」 思わず中の一人が窓を開け「すみません!”クマガヤ”です!」。 みたいな話をたくさん聞かされた。 そこが最終地点ではないと分かっていながら、そういう楽しい体験のために昭和48年という1年を振り絞っていた。 現実は、そんな底抜けに楽しくはなく、多少棘のある、受験勉強中ほどではないが将来への明るくない思いを抱えながら…、正直に言うとその思いは今に繋がっているような気さえする。 またもや脱線!

そんな時期にできた制度である。 自分では当時も今と変わらずある程度成熟した生活を送っていたと思うのだが、下水道(ついでに洋式トイレ)の普及度は? 海外ではネクタイスーツ姿の”日本語”観光客一団が大声で街中を歩き(今の”中国語”爆買い以上のマナーで…)、校門の前で服装・髪型・爪検査(喫煙チェック)などの日常(今であれば生活指導教師はすべてパワハラ)など、そんな時期なのである。 世界に環たる国民皆保険と呼ばれる健康保険。 当時は、地域格差や低収入の高齢者の問題もあり、”皆保険”ではなかった。 そもそもこの健康保険制度は、20世紀初頭の軍事力・労働力確保のために導入されたらしい。 すべては富国強兵に通ずる国の制度! 戦争でボロボロになった後も”皆保険”には程遠かったのだが、「福祉元年」昭和48年を迎えるわけである。 以前にも書いたが、70歳以上の高齢者の医療費無償化と今回の高額療養費制度である。 当時は、高額療養費制度も70歳以上。 制度の中身は未だに70歳での線引が残っている。 当時の国連の定義で日本はすでに高齢化社会の入り口。 また以前述べたが、この頃が「借金大国ニッポン元年」と言ってよい。 病院は高齢者の社交の場になったわけである。 「福祉元年」が「借金大国元年」なのである。 さて自分はどうするべきなのだろうか。 健康保険(医療費3割負担)と高額療養費制度(所得に応じた支払限度額)があれば、怪我も病気も…。 少なくとも、月々の民間医療費保険は贅沢! 不要ではなかろうか。 例によって私の脳は二つに分かれ、結論を先延ばしにする。 枯渇寸前の健康保険制度に100%頼るか? 年寄りなりに自分の健康は自分で守る姿勢を続けるか? そこが問題である!


コメント

  1. 匿名6/28/2024

    ピンピンころりのためのトレーニングが、ビジネスになる日も近いかも・・・(笑)

    返信削除

コメントを投稿