どこかで我慢しかない!

 ハラスメントと言う言葉は昔はなかったが、日本語で言うところの「嫌がらせ」であり、そう言ってみると、そんなものはどこの国でも、古くから存在すると思う。 家族でも、職場でも、町内会でも、学校でも…。 自分にも、その加害者や被害者に成り掛けた経験はあるかもしれない。 以前は、自分が逆の立場になったら困ることは相手にはしないという理解であった。 最近では人権と言う難しい言葉があり、個人の人権が重視され、法令の整備も進んできたことから、「〇〇ハラ」という造語が続々と誕生している。 今、お世話になっている会社でも、外部の監査が入った際に、就業規則へのハラスメント防止の姿勢やメンタルヘルスの導入の記述(ハラスメント対応)、有給休暇取得の奨励(働き方改革)などの追加が必要となっていて、人権を守るべき法令改正に社内ルールの変更が追いつかない。 ハラスメントの厄介なところは、自分では気づかないうちに加害者になっていること、自分ではそう思わなくても被害者がそう思ったらすでに「〇〇ハラ」であることだろう。 なかなか書きにくいテーマであるが、自分が経験したことをいくつか取り上げてみたい。

小学生の頃、同級生のA君たちは放課後、これも同級生のB君の傘を隠して遊んでいて、度が過ぎたのだろう。 B君は泣きながら下校した。 家が近いこともあったのだが、B君と共に父親が教室に乗り込んできて、B君の傘を取り返し、A君たちを結構長い間怒鳴りつけていた。 今の言葉ではモンスターペアレンツであり当時からいたようであるが、先生や学校側は出て来なかった気がする。 これは「いじめ」なのか、「ペアハラ(ペアレンツ)」なのか? 会社員としての苦い経験、5~6名男女混成部隊の管理職だったときである。 リーダー格の女性社員の昇格問題。 この会社では年間評価が5段階の4以上が数年続くと昇格の対象になる規定であり、かつ評価は相対評価で周りの社員との競争であった。 その対象となりそうな年度に、彼女はほぼ一年間出産及び育児休暇となっていたため、私はほとんど休暇の彼女の年間評価を4以上にはできず、昇格候補に推すことを断念した。 現在ではこのようなときに救済処置があるのかもしれないが、私はルールに基づき対応し評価を伝える個別面談で、「長期休暇がなかったら昇格候補になれていたかもしれない」と言わなくてもよいコメントをしてしまった。 自分としてはほかの社員との関係もありフェアな評価をしたと思っていたが、その後彼女の態度が一変したことを覚えている。 これは「マタハラ」に該当したのだろうか。 先輩・同僚の4人でのゴルフの後、評判の焼き鳥屋を訪れた。 案の定混んでいた。 結構な時間待たされて席に通された。 各々飲み物と焼き鳥メニューから好きなものを注文した。 問題はそのあとである。 注文した焼き鳥メニューの一つが人気メニューであったらしく、「どこかで鶏捕獲中ではないか」などのジョークを言いながら待っていると、我々よりも後に来店し注文したはずの近くの席に、同メニューが先に配膳され先輩が切れた。 店員を呼び思いを伝えたが伝わらず、収まりがつかず店を出ることになった。 慌てて、これまでの飲食分の支払いを済ませ店を出たが、注文した人気メニューの分はもちろん支払っていない。 気持ちはものすごく解ることと、自分でも同じような感情はよくあると思った。 これは現在では「カスハラ」というのだろうか。 
「〇〇ハラ」の例としては、ネット上で調べてみると、パワハラ、セクハラ、マタハラ、パタハラ(育児男性労働者に対する弊害)、ケアハラ(介護に関する弊害)、ジェンハラ(ジェンダー)、モラハラ(モラル)、アルハラ(アルコール)、リスハラ(リストラ)、テクハラ(テクノロジー)などが出てきた。 上の例では述べなかったが、会社員時代にはリスハラや
テクハラなどの処遇は関わったことはあり、少なくともハラスメントに関して他人ごとのように語る資格はないようである。

起承転結の「承」の部分のつもりで、「嫌がらせ」の例を書き出すつもりが、終わりのない懺悔コーナーになった感じである。 結論はすでに分かっている。「自分が逆の立場になったら困ることは相手にはしない」である。 ただ、なぜだかそれは実行できない。 立派なことを言える立場でないことはわかっているが、この話の中で勇み足をすると、人間は制限なしの環境に置かれると、「嫌がらせ」を楽しむところはある。 もちろんみんながそうではないことを願うが…、またやむを得ずのケースもあるだろうが…。 よく話に出す「ジキルとハイド」の世界である。 自分を含む社会をよくしようと努力する自分と、人の悲しい顔の分だけ自分が満たされるような自分と…。 

最近、特に取り上げられる「カスハラ」。 人権意識の高まりとともに、消費者を守るための法律が整備され、その上SNSの普及により瞬時に個人が大多数同意見の”陪審員”たちの前で訴えることが許され、状況は深刻になる。 特に、名前を公表して商売をする被害者vs匿名の加害者の関係は悲惨である。 「カスハラ」は身近で、現実に起こり得る紙一重の世界である。 前述の焼き鳥屋の例で、「ばかやろう!」と言いながらそれまでの飲食代も含めて払わなかったら…、”不愉快”賃を上乗せ請求したら…、最近ニュースでよく聞く、土下座をして謝ることを強要するとしたら…、自分の腹の虫と相手の対応によっては、自分はそうならないとは言い切れない。 ただ幸運にも、トラブル発生時に客側が要求できる範囲や方法は頭の中で管理されていることが多い。 最近の「カスハラ」の加害者を分析した資料では、40代後半から50代後半の男性、しかも(資料の記事どおりに書くと)年収1000万円以上の会社員か高役職の方々、その個人が会社を教育する立場での言動が多いそうである。 分かる様な気がする。 自分の中にもソイツはいる!! 「俺は客である!」「お前たちが間違えた!」「間違えたヤツには教育が必要だ!」「俺の味方はたくさんいる(SNS)」 こうなると、お客様Aは無敵である!! 対応する被害者側の対応は、間違いには誠意を持って、理不尽な要求には丁寧かつ毅然とした立場で…、が原則の様であるが、上層部との信頼関係が成立していないと難しいと思うし、その職を辞める覚悟がなければ毅然とした振る舞いはできにくい。 日頃からそんな信頼関係や覚悟はできているだろうか。 加害者と被害者の関係もゼロサムゲームである。 行動結果に満足な人がいれば、反対側にはその分だけ不満足な人がいる。 せめて6対4程度で終わらせられないものか! 人間の心の中の悲しい現実である。 地球上どこにも、自分一人だけ満足はあり得ないのである。 どこかで…我慢しかないのである。








コメント

  1. 匿名6/07/2024

    ハラストメントと、いやな環境の境目って難しいけど、シチュエーションの中での強者~弱者に向けた攻撃、または嫌味、嫌がらせが晴らすトメントかなーと思います。精神的な強弱も加味するとほぼほぼ当てはまるかと。 立場や、強弱同等なら、攻撃に対し、防御または攻撃による防御が可能であるため、エスカレートして一方がダメージを受けることが少ないのかなーっと。息子が、転校してすぐ、傘がなくなった、教科書がなくなった・・・って笑って帰ってきたんで、父親は怒鳴り込むのを断念しました。(笑) その後、出てきたねー ・・と動じていませんでした。息子の精神は弱者でなかったんだろうね。

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