今年のゴールデンウィーク

ゴールデンウィークが始まった。 殻の外(定年再雇用終了後)の年金受給パートタイマーとして迎えるゴールデンウィークは鬱陶しいだけである。 何しろ、週18時間勤務の週休4日制では、毎週がゴールデンウィークの様なものである。 どこへ行っても混み混みで、メディアも好んで混んでそうな京都嵐山やディズニーランドの映像を流す。 その度に「よくあんな所に行くよなぁ~」と決まって言う。 現役時代は子供の学校があったせいか、やはり「あんな時期にあんな所」に行ったものである。 現役時代は仕事上外国の方との付き合いもあったが、米国人は日本のゴールデンウィークを羨んでいたが、中国や韓国の方は同じような時期に同じような連休の話ができ、植民地化していた頃の日本の文化が中国や韓国に定着したものと思っていた。 正しくは、中国は労働節という社会主義の国らしく、メーデーとのつながりでの労働者の休日期間らしく日本とは無関係。 韓国ではそんな祝日はなく、お付き合いした方が、日本の休みの期間に休暇を取っていたようであった。 国民の祝日自体の意味や経緯は想像がつくが、その詳細やその祝日にまつわる話題を調べてみると、大変興味深い。

4月29日は昭和の日である。 私の世代には(昭和)天皇誕生日である。 天皇誕生日は現天皇の誕生日のみが国民の祝日であり、平成では12月23日、令和では2月23日である。 平成天皇誕生日は令和には祝日ではなくなっているが、激動の日々と復興の昭和は特別なものとの思いからのようである。 昭和の日になる前にはみどりの日という祝日だったのだが、2005年の法改正で、29日が昭和の日となったのは立法府の粋な計らいである。 我が家の親子三代は、昭和の64年間の中で生まれ育ったのであり、私にとっては重要な年号である。 時代背景的には、外国の力を借りて前政権を倒し、外国の力を借りて国の仕組みや富国強兵を断行してきた薩長土肥の下級武士たちの国が、鼻を伸ばしすぎて列強の洗礼を受けた前半と、米国の監視下で、従順に勤勉に戦争の爪痕からの復興と貿易に明け暮れた後半である。 その復興の過程で、”富国”の対象が「兵隊と兵器」から「国民と経済」に置き換わったことは、不幸中の幸いだったかもしれない。

5月3日は憲法記念日である。 戦後GHQの占領下の1946年11月3日に日本国憲法は公布され、翌年の5月3日に施行された。 三つの基本理念は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義である。 GHQの占領下で、戦争の後始末、民主主義的な国の形、危険思想や共産主義の排除などの強力な指導もあり、この三つの基本理念は当然の草案のように思われる。 ただ、現状のロシアのウクライナ侵攻を見ても、欧米の支援の前提はウクライナ自体の戦闘姿勢であり、日本の歩みと国の姿勢の矛盾を感じる。 現に、1950年の朝鮮戦争勃発により、米国の主力が国連軍として日本から離れた後は、米国も日本の軍備を認めるような姿勢だったようである。 私は日本国憲法の平和主義の理念は好きであり、継続すべきと考えるが、ウクライナと同様で、他国が日本に攻めてきた時に、日本人は誰も武器を取らないとすると、誰も日本を助けには来ないだろうと思う。 あるべき姿と今の姿を埋めるための策が思い浮かばない。 当時の経緯を読んでいると、GHQの占領下とは言え、日本人が作った憲法であると思うし、それなりに日本のあるべき姿を示していると思うので、”憲法改正が必要”とは思えない。 ただ、70年以上前に作ったものを一字一句変えることなく維持するということの方が不気味である。 

5月4日はみどりの日である。 昭和天皇が亡くなった後、4月29日がみどりの日として法改正されていたが、2005年の法改正で「昭和の日」が制定されたため、スライドして5月4日が「みどりの日」となった。 目障りな平日だった5月4日を「みどりの日」自然に親しみその恩恵に感謝する日としたようで、これも立法府の粋な計らいである。 日本の天皇制や神道を考えると自然との関わりや豊作を祈願、このように感謝する日は有ってよいと思う。 結果として国民の休日は年間21日となった。 ジェトロによる世界の国々の2024年の祝日は、米国11日、英国8日、フランス11日、インド17日、韓国17日。 ”世界トップ!なぜなら日本人は勤勉で有給休暇も消化しない国民性による…”と書きたかったのだが、探せばあるものである。 タイ26日、中国29日。 タイは国王関連の休みが多く、中国は春節、労働節、国慶節など3日以上のまとまった休みがたくさんある。

ゴールデンウィーク最後の祝日5月5日はこどもの日である。 私が子供の頃から「5月5日は男の子を祝うための休日で、女の子を祝う3月3日は休日ではない!」との主張は周りの男子たちからもよく聞かれていた。 ところで、そんな不平等の経緯は…? 「こどもの日」は20世紀に入って、子供の権利を尊重し成長を祝う目的で、国際機関で制定された。 まず、子供の福祉世界会議では「国際子供の日」として6月1日、それから約30年後、国連でも「世界子供の日」として11月20日と定めた。 よって、世界の国々ではこのどちらかの日を国民の祝日にしているところが多い。 日本はと言うと…、中国から伝わった季節の節目となる日を「節句」として、様々な行事を行っていたらしい。 五節句として江戸時代から続くものが、人日、上巳、端午、七夕、重陽である。 端午と七夕以外は読めない。 ただ、その日と日本名でピンと来る。 1月7日(七草の節句)、3月3日(桃の節句)、5月5日(菖蒲の節句)、7月7日(笹の節句)、9月9日(菊の節句)。 桃の節句と菖蒲の節句は、行事としては対等なのである。 1948年に制定された「国民の祝日に関する法律」により、その対等な関係が崩れてしまうのだが、桃と菖蒲の節句は男女分かれた伝統行事で、国民の祝日は子供全体を祝う日なのである。 ちなみに元祖中国の子供の日は端午とは結び付けず、6月1日が祝日の様である。 起源地では忘れられ、終着地では継続される、よくある話である。

天皇制の在り方も、憲法改正の議論も、食料自給率も、少子化問題も、この週の国民の祝日は、私たち国民に「一日一考」のための休日を与えているのかもしれない。 混み混みの行楽地に向かう人も、暇を持て余しながらそんな光景を眺めている人も、ちょっと考えてみる必要があることばかりである。 ついでに、休みと人の集中を生むこの週の現状を考えると、教育問題と働き方改革問題も関連事項と言える。 今年は、季節外れの真夏日続出の関東地方、例年にない天候不順の西日本、地球温暖化の話題も忘れてはならないという地球からのメッセージかも…。 









コメント

  1. 匿名5/23/2024

    今の生活が、過去の歴史から、そのように勝ち取られてきたものかということを考えると、当事者であった多くの者たちは、すでにこの世に無く、話だけ聞いた世代が、後期高齢者となり、話も知らない人たちが、老人の入口にいる現在。国を守るという守るということにこと➡自分たちの自由をまもることと考えられない、他責論者が闊歩している実情を見ると、ウクライナで起こっていること、台湾にこれから降りかかることを、TVドラマのようにしか感じられない日本人が多くなっていることを嘆きたくなります。

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