茨城県ローカル版の天気予報では、茨城県を五つの地域に分けている。 県北、県央、県西、県南、鹿行(ろっこう)である。 代表的な都市としては、県北は日立市や高萩市、県央は水戸市、笠間市、県西は筑西市、結城市、古河市、県南は土浦市、つくば市、取手市となる。 では、鹿行地域というと…、鹿嶋市、潮来市、行方市(なめかた)、霞ケ浦と太平洋に挟まれた地域なのだが、ここだけは県東ではなく鹿行というのである。 ただ、なんとなくこの方がわかり易い。 今回の記事は、この中の県西地域にあたる筑西市、中でも平成の大合併以前の旧下館市である。 私にとって筑波山は県南地域から見慣れているが、県西地域から見ると当然ではあるが別の姿である。 筑波山は(よく聞く呼び名であるが)西に男体山、東に女体山という二つの峰からなり、県南地域からの見慣れた景色では、男体山は尖っていて、女体山の山頂は右に傾いていて違和感がある。 尖った方が高く見えるのだが、海抜では傾いている方が数メートル高い。 その筑波山が県西からの眺めでは、男体山がますます強調されて見える。 筑西市は、下館市、明野町、関城町、協和町という四つの自治体が合併してできた市で、その中心地である下館は古くから栄えた街である。 名前の由来からしても、平将門の乱の平定にあたり築いた三つのお城を、上館、中館、下館としたということのようで、いづれも現在の筑西市にあるらしい。 霞ヶ浦周辺から栃木県へドライブする時には、筑波山を右手に見ながら国道を走り下館を抜けるコースとなる。 以前の記事で「サザエさん」のオープニングが、茨城県のキャンペーン「体験王国いばらき」とのコラボで「茨城県紹介」になっていることを掲載したが、そのオープニングも始めの三ヶ月でリニューアルし、その後半も3月で終了した。 後半では、神磯の鳥居、牛久大仏、鹿島神宮などすでに紹介した場所が多数あり、なんとなくうれしく思った次第であるが、その中に未掲載の、ヒロサワシティ、「逆さ筑波」があり、そのどちらも下館近辺ということで、通過点ではなく改めて目的地として訪問することにした。
茨城県は、旧水戸街道沿いのJR常磐本線と旧日光街道沿いのJR東北本線がほぼ南北に走っており、明治に入ってから東西のJR水戸線、水戸市と栃木県の小山市を結ぶ鉄道が開通している。 その途中の駅が下館である。 JR以外でも関東鉄道と呼ばれる私鉄は、取手から下館をつなぎ、今や「りんりんロード」サイクリング専用の道路となっている土浦~下館の関東鉄道も存在していた。 その他にも栃木県茂木(もてぎ)町と下館を結ぶ真岡(もうか)鉄道もある。 JR◯◯本線は通っていないものの、下館を中心として地図を見ると、放射状に五線が乗り入れていた地方の中心都市であった。 栃木県では江戸時代から綿花の栽培が盛んで、当時は真岡木綿と呼ばれる織物として流通し、その集積場として下館は栄え、下館から海運を利用して江戸へと運ばれた。 その後もその真岡木綿を使った足袋底の生産では日本有数、関東の大阪?と呼ばれた時代があったとか…、ちょっと言い過ぎの様な気もする。 ただ、五方につながる鉄道も、栃木県との交流が深いことも合点がいく。 下館市街は10万人都市(筑西市)の割には賑やかさがあり、JR、関東鉄道、真岡鉄道と三社が乗り入れているためか、平日とは言え人通りもあり、駅の建物自体いい感じだった。 また、土日祝日には、真岡鉄道で一日一往復のSLの運行があり、下館駅では10時半頃と15時頃に登場するらしいが、残念ながら見ることはできなかった。 ただ、あちこちに古い商家が点在し、また、美術館や記念館などもあり、”関東の大阪”の面影は感じられた。
ヒロサワシティは、樹脂やプレスの金型加工の廣澤精機製作所を母体とした広沢グループの経営者が構想したテーマパークのようである。 「自然・健康・文化」をテーマにした一つの郷(まち)ということらしいが、中核はユメノバというロケット、飛行機、鉄道、車、オートバイ、消防、ミニカーなど乗り物の模型や実物の展示施設、ゴルフ場、パークゴルフ場、宿泊施設、美術館、農園などいろんなものがあり、私にはテーマが絞り切れず、昭和生まれの好きそうな収集物や遊びの施設に見えた。 それでも確かに興味をそそり、これだけのものを収集できたことに感心しながらの見学であった。 ただ、年金生活者には入場料2500円は痛い出費であった。 心残りは、ゴルフ好きの私がテーマパーク内のゴルフ場を素通りしてしまったことである。 もう一つの訪問の目玉の「逆さ筑波」は、下館の南のはずれ、小貝川沿いの農地の中にある母子島(はこじま)遊水地からの眺めで、平日とは言え人気(ひとけ)も車もなく、農道のような細いあぜ道を走り回って発見! シニアのダウンサイジングの軽自動車での乗り入れでまったく運転の支障なし。 確かによい眺めであったが、残念ながら微風ながら風が吹いていて、湖面がフラットではなく、微妙な結果となってしまった。 正月番組の富士五湖でよく見る光景であるが、ディレクター泣かせであること理解した。
折角下館までドライブしたので、国道50号線を10キロほど西へ足を延ばすことにした。 以前記事にした結城市である。 ずっと気になっている結城酒造のその後である。 前回同様、酒造の裏手にある弘経寺(私にとっては偶然であるが、以前記事にした千姫の弘経寺と同じ名前)というお寺の裏門付近から、結城酒造の焼け跡全体が見渡せるのである。 新しいものは何もなかったような気がしたが、井戸の周りが気のせいか整理されていた。 昨年のNHKの特集で、ご夫婦別々に別の酒造会社の設備機材の協力を得て、関東と北海道で結城酒造の銘柄「結」の仕込みを始めたこと、再興のために敷地内の井戸を守ることが大事ということであった。 帰りに近くの酒屋に立ち寄ったら、幸運にもその両方の「結」が入荷されていた。 迷った末に、杜氏でもある夫人が単身で北海道で仕込んだお酒を購入した。 弘経寺裏門から結城酒造焼け跡付近は枝ぶりの良い桜の木が目立った。
今回は葉桜の緑の中にピンクが残っている程度で、花びらを踏みながら歩いた。 このブログでは毎年茨城県の桜を紹介してきたが、いつか、結城市の弘経寺の桜と再建の結城酒造を撮影しに来なければならないと思った。 ついでに風のない早朝の「逆さ筑波」を撮影した後(季節は桜の時期とは異なるが、ここでもダイヤモンド筑波も見られる)、ヒロサワシティの下館ゴルフクラブでプレイしよう。 やり残しは次の楽しみを増やすことでもある。

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