子供の頃からこの時期になると、12月中旬からお正月になり切った”はがき”を書いているのであるが、今回ほどその二週間ほどのタイムラグを感じたことはない。 能登半島の地震・津波、その救援物資を運ぶ飛行機と旅客機の事故。 現在の自分の身の回りの暮らしや思いは盤石ではないこと、改めて考え直さなければならないと思った。 原稿用紙では五、六枚のこのブログですらも、題材、構想、作文、写真集めではかれこれ一週間くらいかかり、この状況の変化に、当初の構想からは手直しが必要と考えたが、基の題材はそのままであることから、不相応なイメージや表現になっていないか多少不安は残りながらの掲載となる。 今回の年末年始はカレンダーの巡り合わせよく、月火水の週三日勤務の私にとっては、成人の日の月曜日まで含めると十二連休である。 と言っても年金生活者はこれと言ったイベントはなく、連休後半の初ゴルフを除けば静かに過ごした。 ただ、折角の12連休を有効に活用するために、その初日に12日間の改善計画を作成し、趣味や暮らしの充実につなげる改善"MAKE IT BETTER"を目指した。 自分でも苦笑してしまうが、高校時代に参考書を数か月で復習するために、計画を立て紙切れを挟んだものである(今ならポストイット)。 成果は…、計画が的を射て、確実に実行されていれば、もう少し違った老後だったかもしれない。 この癖は子供の頃からこの歳になっても変わらないようであるが、その計画の消化具合からみて、今年も趣味も暮らしも改善は期待できないようだ。
10月7日のブログで紹介した新しい趣味、どこにも名称がなく勝手に名付けて「エクセルフォント点画」の第二弾。 前回の反省として、普通の文字フォントを使用したため、ひとマスの文字(色部分)の面積が少なく色が薄くなってしまったので、今回は太い種類のフォントを選択してみた。 使用した文字は、「謹賀新年」および漢数字「三二一」である。 色の濃淡もこの順番である。 使いたかった写真は、霞ケ浦の角の部分を東西に横切る霞ケ浦大橋と湖面の向こうに見える筑波山であったが、橋と湖面と筑波山のつり合いが取れず、構図としては不適当と判断した。 代わりに、霞ケ浦大橋の東岸にある道の駅近くの船着き場の灯台のようなものと湖面と筑波山にした。 写真をなぞっているだけなので、濃淡の判断および根気次第で出来栄えが左右されるが、この歳から絵を描こうとしても、最初のデッサンの形の描写が下手すぎてすぐに諦めてしまうが、この方法だと形はそこそこ描けるのでやっていて楽しい。 今回は年賀状にしてみた。
音楽創作活動はお正月らしく日本独特の雰囲気を出す五音階の一つにチャレンジ。 律音階という音階がある。 現在の”通常”はドレミファソラシの七音であるが、この音階はドレファソラの五音で構成されている。 弾いてみると奇妙な音階と思いきや、慣れ親しんだ音で、雅楽の音階らしい。 代表的なものは「君が代」や「木曾節」。 音を出してみると確かに、琴や横笛のイメージである。 実際には雅楽特有で、横笛は「ひちりき」「竜笛(りゅうてき)」、笛の一種で縦に何本かの竹を組み合わせた「笙(しょう)」(ちょうど、フォルクローレのサンポーニャをさかさまにしたような…)という楽器を使うらしい。 横笛は特有とは言えメロディ単音でありイメージは湧くが、「しょう」はうしろで何か鳴っている和音。 とりあえず、普通にギターストロークで実際の和音を鳴らしてみた。 曲は比較的簡単にできた。 子供の頃から慣れ親しんでいるからか? ただし、五音階と簡単な音符(リズム)の組み合わせなので、どこかで聞いたことがある気がする。 または確率的に言うとどこかにあるかもしれない。 このメロディに乗せる詩を数か月悩んできたが、曲に合う画像を思い浮かべることなどできるはずもなく、諦めて自分調で行くしかない。 せめて終盤は、別のチャレンジとしてテンポを変えアップテンポにしてみた。 「ひとり旅」と名付けた。 千葉県外房の港町の雰囲気をイメージした。
短歌は五七五七七である。 上の句は俳句とおなじ字数である。 俳句と同じように描写するのがセオリーらしい。 それに下の句で思いを伝えるらしい。 身近な例としては百人一首がある。 子供の頃、母親が好きでお正月になるとあの札が出てきた。 「坊さんめくり」という遊び方が有り、読み手が使う札に作者の絵が書いてあり、順番にめくり、普通の男性の絵の札は持ち札になり、坊さんの絵が出ると貯めた持ち札を全部放出し、姫様が出ると放出されている全ての札を持ち札にすることができ、最後にその持ち札の枚数を競うのである。 正式な「かるた取り」は、五七五七七を独特の歌いまわしで読み上げ、下の句(七七)の札を探すのである。 子供の頃は自分好みの数枚の札だけは覚えていて、上の句の読み上げ中にフライング(「かるた取り」では賞賛を呼ぶ)して取るのである。 早く読めばよいところ、じれったくゆっくり読み上げるところからしても、フライングを競うゲームなのである。 中学高校で授業で習い始めると、数多く覚えた記憶はあるが、古典が苦手だった私は…。 今でも好きな歌は、源(みなもと)の何某の詠んだ「山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり」なのだが、実は「春道列樹(はるみちのつらき」という私にとっては無名の歌人の作であると今回わかった。 残念ながら色恋の歌ではなく、紅葉が引っかかり小川をせき止めていることを描写していると思っているのだが、下の句が思いを伝えるとすると、片思いの歌かもしれないと、最近になって思っている。 当時は和歌と言った。 いろんな変遷を経て現代の短歌になったわけである。 私は、正月の朝を俳句として文字にしたのだが、災害発生後に下の句を追加してみた。
「初日の出テレビ画像にスマホ向け 孫の写真に未来憂いて」
茨城県結城市にある結城酒造の火災から一年半が過ぎた。 年金生活者では表立った救済行動はできないが、毎年一度は商品を購入することにしていて、杜氏であるMICHIKO夫人の名前の付いたお酒を購入した。 いつからか元日の朝は盃で乾杯するようになっている。 もともとはお屠蘇かお神酒か、ごちゃ混ぜになってしまっているが…。 徐々にお正月の保存食「おせち料理」も、保存不要となり簡素化され、なぞかけの様な”まめ”とか”こぶ”とかを食し、駅伝を見ながら、神聖さの薄れた単なる朝酒を楽しむ。 やはりこの朝は格別である。 今年はMICHIKO富久福である。 再建計画も進んでいるようで、私の計画のように挫折せずに進んでほしいと思う。 今年はもう一度あの廃墟の中のレンガの煙突を見に行こう。 ウクライナもパレスチナも、地球温暖化も、世界の人口増加も日本の少子化も、火事も地震も、老化も痴呆症も、一人の「憂い」は未来につながるだろうか。 とにかく一人ひとりがMAKE IT BETTER(ちょっとでも前進)である。 そんな思いで令和6年の始まりである。



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