イヌもサルもトラもウマも寡占状態

 私の政治不信は、大学時代まで遡るような気がする。 日頃温和で、人懐っこく、一つ年上で社会に対する考え方のしっかりした、ただ、出身地のからっ風のような…ときに勇ましく、酒は強いが酒癖は…(人のことは言えないが…)というヤツで、一時期いつも一緒に行動した友人がいた。 ある日、バイトのお金が入ったということで、二人で繁華街に繰り出し、飲み歩いた。 最後の飲み屋がカウンターだけの居酒屋。 例によって彼は、隣のオジサンに話しかけ、考え方や社会問題など様々な話題で、大学生が大人から考え方を学ぶような感じで、互いに満たされていたようだった。 ただ、互いにお酒も結構進んだ後、オジサンが地方議員であることが分かると、我々は徐々に批判的言動が目立つようになり、最後はオジサンの態度が一変、「近くの大学だろう! 俺が本気になればお前らの人生台無しにできるんだ!」みたいな言葉を投げられ、収拾の付かない状態になったがその後の記憶はない。 数カ月後、そのオジサンは長期政権の保守系の集団の議員さんであると知った。 

もともと日本の西のハズレの小さな島の半農半漁の雰囲気の家で生まれ、どちらかというと冒険をしない現状維持、保守が自分の思想の根本にはあるはずなのであるが、現状維持より変わらなければ希望がないと後天的に考えるようになっていった。 よって、イデオロギーとは違う意味のような気もしているが、政治の世界でも、保守よりも革新の方が性に合っていると思ってきた。 その上、あの飲み屋での経験は、何となくではあるが、政治の裾野の広がりを恐ろしく思い、警察や反社会的勢力と同等のネットワークを持つ勢力のような気がして、組織の力ではなく一人ひとりが優秀で、その能力で日本の舵取りをしてもらいたい、議論を戦わせてほしい、と思った。 よって、政権交代可能な二大政党制は指示したいと思っていたし、寄せ集めでなんと呼べばよいか分からないが、長期政権の党以外の集まりが与党になったときには、一瞬期待もした。

ところがである。 未曾有の東日本大震災、安全神話が崩れた原発事故など大変な状態であったとは言え、政治素人の私から見ても、「あれ?」と思うような出来事が続く。  まずは、沖縄の米軍基地問題で「少なくとも県外」。 日米地位協定下で米軍兵の犯罪に対する治外法権ぶりが報道される中、誰も基地がやって来ることを喜ぶわけもない!(私も佐世保基地が近かったこともあり、子供心に軍服の米軍兵を見かけてはちょっと怖かった記憶はある。) 結局解決策は見つからず、再政権交代後の現在では強引に辺野古へ。 続いて、事業仕分けでの「二番ではダメなんですか」発言。 斜陽が見えていたIT産業への予算であったこともあり、専門的発想が必要で、突っ込むところはそこではなく単なる言葉遊びに見えた。 ただ、この事業仕分けはまだ公約の経費削減で頑張っている感はあったが、東日本大震災と原発事故の対応である。 特に原発事故では、ますます専門的なところに現場を知らない政治家が乗り込んで、判断のための説明を求めても、リアルタイムで動く専門技術の塊のような世界では足手まといである。 最初の工場勤務時に、小さな工場でも現場の話が分かるようになるのにしばらくの間かかったことを思い出す。 それから復興税! 今も続いているが源泉徴収では気づきにくい。 最近様々な人の評論を見ても、震災直後の日本で、金利を下げずかつ増税するのは、無謀な判断らしく、経済をずたずたにしたということである。 最後の修羅場は、国会での党首討論。 裏側ではねじれ国会でもありいろんな駆け引きがあったようだが、予算成立とその財源問題や消費増税問題を抱えながら、テレビ画面上は、衆議院解散と国会議員定数削減の合意が討論された。 偶然その国会中継を見ていた私としては、当時の内閣支持率では総選挙は敗北で、合意の実行は次期政権ということになれば、その約束など実行されるわけもなく、対等の取引とは思えなかった。 事実として抜本的な国会議員削減はいまだに実行されていない。 我々国民は、当時のトラウマもあり、将来を不安視しながらも、選択肢がない状態を続けている。

数十年前に受けた社員教育では、ビジネスは独り勝ち状態よりも競争相手が出てきた方が伸びると学んだ。 独り勝ちではその商品の認知度、生産力に限界があるらしく、それが二人勝ちになると、認知度も生産力も倍になり、かつ、競争し合いながら性能や価格が拮抗していくらしく、価格破壊は起こらず、市場も利益も拡大するらしい。 「寡占」と呼ぶらしい。 寡占状態で思い浮かぶのは四つ巴ではあるがビール、確かに買い手にとっては、話し合いでもしているかの様に品質も価格も横並びで、売り手と買い手の見え方は違いそうである。 他にもオートバイや携帯電話などがある。 独占状態では、競争相手がいないわけなので、市場のことを考える必要がなく、価格は下がらず変化も少ないが、買い手にとってはチョイスがない。 初期投資などの問題で、他の追従が難しい事業が多いようだ。 旧三公社五現業など日本では、JR、NTT、電力会社などが該当する(電気や電話は最近構図が変わりつつあるようだが…)。 

政治は、一瞬を除いて長らくの独占状態である。 国民の方を向かなくても、浮動票または固定票が動かない限り、何ら不利益を被らない。  最近のパーティー券問題では、会費数万円は高級ホテル大ホールでの立食パーティーと思いきや、ニュースによると、小学校の体育館並みに片方に向け整然と並ぶ多数の椅子に、ワンドリンクにペライチ資料らしく、利益率ほぼ100%の悪どい、いや超人気の商売が存在するのである。 それほどの魅力は良くも悪くも跳ね返りが大きいということだろう。 不正が発覚しても静かにして熱りが冷めれば、次の選挙で当選するのである。 私が学生時代に恐れた集団のネットワークは健在なのである。 こんなことではいけない! せめて寡占状態を…、と思うのだが、ビール会社の様な現象は起こらず、地ビール、発泡酒、酎ハイ、ハイボールなど候補集団の自己主張が強すぎてまとまらない。 多くの国民はビール並の度数のアルコール飲料であれば、個性はこだわらないのだが…。 多分それをうまくやっているのが、保守系の集団なのではなのだろう。 度数やテイストの個性も区別せず、アルコール飲料であれば、度数5~40%であっても、ビール味もレモン味も、日本酒も洋酒も、国民がほしいすべてのアルコール飲料の受け皿になっているようである。 そこには、ハトもいればタカもいる。 イヌもいればサルもいる。 せめて度数20%くらいで、イヌとサルの線を引いて、その上下が別の集団であれば寡占状態になるかもしれない。 または、国民がかつてのトラ・ウマ(虎も馬も関係ない語源はギリシャ語)を我慢して、度数の40%以上のアルコールにノンアルドリンクを混ぜて新たなトレンドを作り、やがて性能も価格も接近して寡占状態になることを信じることである。 
遅ればせながら、いつもの神社に初詣に出かけた。 自分の健康、家族の幸せ、趣味の上達、と同時に日本の将来をお祈りした。 私にとっては日本の将来のはじめの一歩は、独占状態が寡占状態になることである。










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