メディアとの距離感

 10年位前からメディアと自分との距離が近くなったような気がする。 言葉の使い方、表現の良し悪し、漢字の表現など、これまでは絶対だったメディアの内容について、評価したり、間違いに気づいたりすることが増えてきた。 自分の経験の中で正式文書の承認プロセスなどを思い浮かべながら、メディア制作側の組織も同じだろうと想像する。 そこには数人が関わり、例えば担当者とその上司、専門部署の担当、その後文書の責任者の最終確認である。 責任者は通常、内容全体とそのインパクト程度しか確認しないため、詳細の表現は担当者以外では二人程のチェックしか受けないことになる。 技術の進歩により原稿や画像の制作方法が急速に変化すると、デジタル化のための入力処理は不可欠だが、一度デジタル化されるとその後の処理は速い。 確認・承認プロセスの改善が必要となり、分厚い層の確認プロセスは限りなく薄く…。 ちゃぶ台返しや細かな確認作業は省略されることは想定できる。 

パソコンとそのソフトウェアの著しい進化の前までは、あくまでも想像だが、ほとんどはA3かB4サイズの台紙上で器用にも図形や絵や大小様々な文字を表現していた時代であり、素人には想像を絶するテレビ局の技術があったはずである。 その後の進化、特にマイクロソフトオフィス…エクセル、ワード、パワポ(正式名称はパワーポイント)の三点セットの出現で、そのテレビ局の技術は素人が想像できる領域に入ってくる。 特にパワポは自分の意見をプレゼン資料にして、聞き手に伝えるためのツールとしては素晴らしい。 文字の種類、大きさ、図形、背景、画像、それらを動かすアニメーション、拍手や音声まで…、様々な細工を施しながら、自分の発表を”満足”に導くツール(その”満足”を得るのは語り手か、聞き手か)。 以前のテレビの画像は到底追従できないと思っていたが、パワポの出現で、現在テレビで流れている画像も、ちょっと凝り始めるとできる! 素人の域と同じ様に見える。

ちょうどその頃、パソコンの進化は当然音響にも影響を与えてはいるものの、私が書こうとしていることとは無関係である。 それはBGMの変化である。 私が若い頃親しんだ、少しだけニッチな曲、イーグルス、ブレッドなどいわゆるアメリカ西海岸的な音楽が採用されることが多くなってきた。 世代が近い曲が採用されるようになったのである。 勝手に想像するに、番組作成のリーダーまたは決定権のある人、ディレクターやプロデューサーが同世代なのだろうと思うのである。 私としては親しみが湧きいい感じになったわけである。

最近見かけなくなったが、朝の情報番組で新聞記事を直接映像にして、読み上げたり解説をしたりするテレビ番組が増えた。 もともと日本では、テレビ、ラジオ、新聞は同じ資本関係にあることが多く、仕方がないと言えばそれまでだが、そのような映像を見るたびに、テレビ局のコストダウンも相当なもので、ついに他社の取材データを鵜呑みにして、音声だけで勝負するということになったのだろうと、その企業努力は身近に感じた。 最近のトレンドなのか、非常によく使われている耳障りな音声がある。 これらも情報番組やニュースに登場する。  まず事件などの映像を出しておいて、思わせぶりに「一体何が?」と言ってCMになる。 CMの後きちんと視聴者の疑問に応えるネタを集めていればよいのだが、何もネタがなかったり、「・・・かもしれない」で終わる。 そんなネタの音声部分、どれもテレビ局のアナウンサー室の方が読み上げているのだろうが、いかにも当事者の声に近づけて、話しているような口調になる。 個人的な意見であるが、内容がなく取材が足りないのだろうし、能力を超えて情報が溢れ、その情報を取り扱うための努力の結晶か? 根本に戻るとやることが多い割に収入(広告料)が少ない、つまり大企業の広告宣伝費が少ない、または期待するメディアが変わったということか? 経済力、少子化に直結しているのか! そういう私のブログも同様の表現が目立つ時があり、やはりブログに掛ける経費と時間が足りない、つまり高齢化?

悲しい結末に近づきつつあるが気にせずに進もう。 米国旅行の時によくテレビ画像で目にするネガティブキャンペーン。 企業のCMや選挙の時に、競争相手をこき下ろして自分の印象を高めるもの。 日本でお目にかからないのは、放送法による規制があるかららしいのだが…。 「私は悪口を言います!」と宣言していう悪口と、「私はいつも公平な立場です!」と言いながらの誘導は、どちらが気持ちが悪いのだろうか。 最近の気持ちの悪いニュースを二件。 ロシアのウクライナ侵攻問題。 ウクライナの反転攻勢! プーチン体制弱体化! どのメディアも公平な立場としつつも、西側では「こうなって欲しい!」ことを報道しているような気がしてならない。 マイナンバーカード問題。 便利な機能と個人情報の問題ばかりがフォーカスされているが、自分に正直に考えるとなにか腑に落ちない。 なにかマジックミラーのようなもの(高級車の窓などで見かける、暗い側からは明るい側が見えるが、明るい側からは暗い側が見えないフィルム)で、権力者が暗い側にいて明るい側の国民を見ているような気がする。 明るい側で悪いことをしたときは仕方がないが(それも多少腑に落ちないが…)、暗い側の無制限な使用が始まると…。 セキュリティとか個人情報と言う言葉で語られているが、戦前の大本営やGHQを体験している日本国民の(少なくとも私の)気持ち悪さは、このマジックミラー状態なのだろうと思う。 その使用方法の仕組みと制限に関する議論が、まったく足りない気がする。 そういう私も、腑に落ちないながらも、マイナポイントの誘惑に負け、コンビニでの便利さに負け、活用しているのだが…。

力のある人やお金のある人は、自分に都合の良い仕組みや思想で大衆を導きたいし、そのために合法的に国を動かすことができればよいのだろう。 力やお金のない側の大衆は、力やお金で操られないルールや仕組みが必要だと思う。 そうなるために大勢の人でルールを作り仕組みを運営する必要があり、大勢の公務員が必要で大きな政府になる。 大きな政府の運営には、多額の税金が必要で、それは大勢で負担しなければならないが、出来たら力やお金のある人に多くを負担してほしい。 なにか矛盾している?! これ以上は専門家に任せないと、これくらいの思考回路では数分で論破されてしまう。 ただ、このマジックミラー現象は、すでに至るところで起きているのだろう。 民が主である国で、民は隠れる場所のない明るい側にいて監視されている。 では、主は誰なのか? 権力とお金に対して、小さな政府でも運営できる仕組み、公平を貫くメディアを作ることもまた”民主”の力なのだろう。 メディアのあの耳障りな音声が聞こえてきそうである。 「一体どうすれば…?」 ここで長いネガティブキャンペーンのCMになり、その後、”耳障りの良い”あのイーグルスの曲が…。 また、本質を見失いそうである!



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コメント

  1. 匿名7/18/2023

    日本のマスメディアの内容はおっっしゃるとおり、基本ゴシップまたは、起こったことの報道。深堀も、背景に潜むもののあぶり出しもない。たまに、とくばんがあると、ちょっぴり偏向したストーリーで組み立てられ、最後は、「ではないんだろうか・・」と視聴者に投げつけてイメージ誘導する  っていう内容ばっかだね。 現在の政府のやってることは、目立つようなことをもっともらしく、全体のマネージなしに、各省庁が勝手に方策作って、一番偉い人が、ニュースキャスターのように発表し、追及されるとまだきめたわけでは・・・なんてごまかしながら、こっそり閣議決定する・・ていう手順で進んでる。でたらめだと思うな(# ゚Д゚)

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