殻の中の世界と言えども、転職や配置換えはあった。 その都度発生するのが引継ぎである。 引き継ぐ側(以下、受け側)も引き継がれる側(出す側)も、会社の運営に支障をきたさぬように引継ぎを行うわけである。 私も十回以上は引継ぎの機会を経験しているが、実はこの引継ぎがクセモノで、会社の成長や個人の貢献の妨げになっているケースは多いはずである。 私も何度となくそのことに気づきながらもどうすることもできず(同一人物と二度発生するケースはほぼないためか…)、流れに任せて強引に通過してきた。 人間の悲しい性ではあるのだが、絵で例えると、出す側はできるだけ自分の描いた部分は残っている方がよいが、受け側はできるだけ白紙の方がやりやすい。 また、元の絵が青基調のところ、描きたい絵は黄色基調にしたかったり…。 「いらっしゃいませ、ようこそ〇〇〇へ」の外資系ファミレスの接客のようなマニュアル化ができているものは問題はないが、だいたいの場合(私の経験でも)、担当期間が長ければマニュアルはなかったり、管理職のハウツーや手順は個人に負うところが多くそもそもなかったりで、エラーに記録されないトラブルが多発することになる。 私が経験したいくつかの失敗例を書き留める。
前任者の退職が決まっているところに、私が転職して入社し引継ぎを実施した。 というか、前任者からの引継ぎらしい時間はなく、レポート用紙2枚ほどの手書きの紙を渡され、「好きにやってください」というもの。 私はそれを真に受け、管理職席の前任者の前で、面談や改善に着手した。 その方が彼も喜ぶと思っていたが、途中で気が付き始めた。 改善を進めるというのは聞こえはいいが、(悪いものを)善く改めることであり、前任者の管理(の一部)を否定するということになる。 また、後になってネットワーク上の共有フォルダを見てみると、似たような取り組みをされていたこともわかった。 時期尚早であった。 同じような引継ぎで、逆の立場の引継ぎの例。 引継ぎの時間を設け、業務概要から進め方・課題など好意的に(正確には好意的と思われるように)説明し、感謝の言葉はいただいたが、引継ぎ中の受け側のリアクションからは「やりすぎ」感がにじんでいた。 受け側の得意分野、判断基準があり、使命や意義からくる個性を出す取り組みも始められて…、それは”悪いものを善く改める活動”であった。 少なくとも私はそう感じた。 どちらのケースも、円満に終了したが、その後連絡を取り合うことはなかった。 直接的な業務でもこんな経験がある。 製品を作っている工場で、その製品の設計、作り方、完成品品質まですべて把握していた方がいたが、競合他社よりも売れ行きが伸びず、私の提案で(一応その方にも相談した上で…)若手数人に外部講習などで勉強してもらうことにした。 どれくらい経っていたか…結局その方は退社されてしまった。 自然の流れではあったがやはり後味は悪い。 ホームページは製作者の意図と方向性により出来栄えが変わってくる。 受注のための仕事紹介的な語り口調のラフなホームページに、会社のイメージアップになる様な、会社概要や方針などを含んだお決まりの内容を追加する提案をし、準備を重ねていたが、途中で上司の指示で修正提案の活動は中止となってしまった。 会社にとって良いことであるはずだが、根回しが足りなかったか?
引継ぎのために改めて調べたり、学習したり、失敗に終わっても私の中には「引継ぎの副産物」として残るものも多い。 ホームページの提案と準備もその一つであった。 オタクエンジニアだけの聖域ではなくなってきている。 ホームページ作成のための様々なソフトが準備されている。 WIXという無料ソフトを使ってみる。 アカウントを登録し、ホームページ作成を開始。 幾つかの質問でイメージを入力すると、勝手に私のイメージに合ったページデザインを提案してくれる。 以前、ブログ作成ソフトを「建売住宅」に例えたが、ホームページをそれに合わせて例えると「建売住宅の団地」であり、ページトップは団地入口付近で業者が説明を行う集会所の様なもの。 あとは、「コンテンツ」。 なんで横文字なのだ! パソコン回りには横文字がやたら多い。 的確な日本語が見つからないからである。 「中身」である。 画像、文章、構成それに見せ方である。 私のイメージでは、ブログは基本1ページで一つの連続した画面として表示されるが、ホームページは1ページではなく、数ページで構成されている。 ホームページとしての便利機能として、アンカー機能(団地集会所からどこかの家の一室に瞬間移動できる目印の杭)とか双方向コミュニケーション機能(勉強不足で詳しく書けないが、LineやFace Book的な…)などもあり、これはブログではやりずらい。 試しにこれまでやってきたブログ「退職後の喜憂な出来事」のホームページ編を作ってみることにした。
数十年前に一度チャンレンジしようとしたホームページ作成が、簡単にできる状態にあることは確認できた。 ホームページは「ポジティブシニアクラブ」と名付けてみた。 「コンテンツ」は重要だが、それよりも重要なものは、会社のイメージアップや集客など、このページを作成する目的と動機である。 私の二年分のブログの記事は文章主体であったため、目的・動機の形成には不向きであった。 その意味でもブログは独りよがりでも成立するが、ホームページは目的・動機を実現するために構成する必要があり、サポートする仕組みも必要である。 また、目的・動機を実現するためには、不特定多数の方々に訪問していただくことが重要になり、双方参加型でなければ継続できない。 様々な思いや意図を持った参加者に向けて対応していくため、想像以上に起こりうることに気を配る必要がある。 回転寿司でのいたずら動画、裏バイト問題など、最近の社会問題ともモロに直結している気がして…、わかる範囲でいろいろ気を配りながら、恐る恐る作成してみた。 リンクは次のとおり。https://mokoku1905.wixsite.com/my-site
独りよがりなブログからのホームページ編の目的・動機は、材料不足と思いつつ、「退職後の喜憂な出来事」という同じ境遇の方々と何かを共有、そこからの発展形を考えての「ポジティブシニアクラブ」という”この指止まれ”的なものにしてみた。 まずは、ネット上の情報の取り扱いについて、法令、セキュリティ、運営、ルール等の知識と経験が絶対的に不足していることは問題ではあるが、実現の仕組みをシミュレーションして行くと、このテーマ自体でそれ以上に考えさせられる疑問を抱いた。 このような活動はあまり公開されていないが、すでにやられている方は多いのではないだろうか? 表面に出てこないだけで…。 間口を広げない理由がありそうな…、ちょっと憂鬱な気分に…。 シニアであればこそ、前述の引継ぎの構図のようなものが見え隠れする。 考え方の一致する少数の発起人集団か、発起人集団が運営する”厳しい掟”の上にしか成り立たない気がする。 シニアは経験を積みその経験を肯定したところに今の”不惑”をとうに越えた自己がある。 個々の参加者に、その自己を打ち消しながら調和していく我慢が必要である。 みんなが納得できる目標の”山”を設定しても、到達方法はいろんな道や道具があり、(一人ひとり自分の経験がベストと思うと)収拾がつかないだろう。 立ち位置としても、最後を歩きたい人もいれば最初を歩きたい人もいる。 事務局と位置付けた私も同様である。 シニアはむずかしいお年頃? さてこのホームページどうなるか?



「出す側はできるだけ自分の描いた部分は残っている方がよいが、受け側はできるだけ白紙の方がやりやすい」 これ、かんがえたらそうだよなー。渡すときの上から目線も入っていたかもしれないな~ 今になってわかるかな~(笑) もうちょっとしたら、最後の職場引継ぎがあるだろうけど、資料の在処だけはっきりしといたらそれでいいよね!(^^)! ありがと!
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