店じまい早すぎる!

 これまでも利根川の記事や神宮の記事では、茨城県のお隣の千葉県の話題が出てくる。 実は私は京都に単身赴任する前の約十年間、茨城県に住みながらも平日単身赴任状態の生活を送っていた。 金曜日の夜と月曜日の早朝の約2時間の車移動。 千葉県の山武市(さんむし:平成の市町村合併で幾つかの町村が合併してできた市)という、成田空港まで約30分ではあるが外房で、九十九里浜の弓なりの海岸線の中央部の市である。 隣接する町村は山武郡(さんぶぐん)。 役所によれば、本来「さんむ」が正しい呼び方のところ、明治初期の役人が「さんぶ」と記したのが間違いの始まりとか…。 ちなみにこの辺りで有名な「山武杉」は「さんぶ」である。 その千葉県勤務当初に体感したのが、一か月前の記事のネタ「そうだっぺ」である。 茨城県から千葉県外房にかけて方言は近い。 千葉県は、千葉市以西は「東京の方」で、外房は「亜茨城県」のようだ。 内房から南房はまた別の千葉県のように思えるがここでは省略する。

山武市の中心地はJR総武本線と外房線が連絡する成東と呼ばれる駅である。 いざ記事にしようとすると、ゴルフ以外では週末を過ごすことが少なかったので、めぼしい記事にはならない。 ただ、ゴルフ場は非常に多く、前述の「山武杉」がシンボルマークのゴルフ場もある。 海岸線に面した県道では、魚介類を売る店が多く見られるが、砂浜には漁港はなく砂浜の途切れるところに、イワシ、サンマ、アジなどが大量に水揚げされる漁港がある。 千葉県と言えば、有名な定番メニュー、アジのたたきをネギやみそで固めた「なめろう」があるが、たまにイワシやサンマの刺身が食べられるところもあり、やはり新鮮である。 駅付近の丘を見上げると朱色の浪切不動尊というお寺が印象的である。 「野菊の墓」で有名な伊藤左千夫の出生地であり、記念館や公園に石碑があるが、どれも訪問せずじまい。 出生地と言えば間宮林蔵もこの辺りの出身。 十年間もお世話になっていながら簡単に終わるのは残念であるが、のちの赴任地京都には家族や友人など頻繁な訪問があったがここには…。京都との比較では山武には酷である。 

日本の地図と言えば、伊能忠敬と間宮林蔵が有名であるが、その伊能も千葉県出身である。 間宮は伊能の門人で、伊能の日本地図の北海道部分は間宮の測量データであったらしい。 国土地理院の「地図と測量の科学館」では、伊能が55歳の時から17年掛け、日本全国を歩いて計測し、完成させた「大日本沿海輿地(よち)全図」と説明している。 伊能は商人であったが隠居後、測量や天体観測などを学び、外国の脅威で沿岸地図が必要となった幕府の許可を得て、私財を投じて完成させたらしい。 伊能は千葉県旧佐原市の生まれである。 ここも平成の市町村合併で今は香取市。 その中心部の佐原は、江戸時代の利根川の水上交通で栄えた街で、昭和30年代まで続いたことは街並みを見れば想像がつく。 小江戸と呼ばれ、古い街並みや蔵だけでなく洋館も目につきかつての繁栄を思わせる。 伊能記念館、中心部を流れる小野川に掛かる樋橋、佐原の街並みなど見どころである。 樋橋は橋の下に設置された用水路の樋から定期的に水が落下する様子が有名だが、いまだ意味不明でただただ眺めている。 今回は時間の都合で伊能記念館の拝観はできなかったが、地図好きの私は一度訪問しなければならない! 個人的には、水辺という意味では関東圏内でもう一つの小江戸「川越」よりも「佐原」の方が江戸らしい気がする。 また、茨城県民にとってはあやめ祭りと言えば潮来であるが、あやめ園としては佐原の方が広いようである。 合併後そんな”有名”な「佐原市」にはならず、「香取市」となったのは不思議であるが、大昔は「香取の海」だったこと、日本有数の香取神宮があること、以前からこの辺りは千葉県香取郡(初期の合併時は「佐原」も香取郡佐原町)であったことなど、やはり「香取」がこの地域としては正統なのだろう。 興味本位で、「香取市」誕生の経緯を調べてみたが、それらしい論争は見当たらなかった。

佐原の街並みのはずれに「香取神宮入口」という交差点があり鳥居が見えたが、そこから神宮までは3km。 鹿島神宮のブログの中で詳しく触れているが、両神宮は、香取の海があった時代、その両岸の玄関口に位置していたらしく、北方制圧の拠点となっていたようである。 参道商店街から入口の鳥居を抜けると緩やかな上り坂で、杉の木が高く薄暗く、大量のマイナスイオンを感じさせる。 近くに山があるわけでもないのに湧き水の池があったり、由緒ある神社らしい佇まいである。 鹿島同様、要石や鹿園、楼門、神楽殿、拝殿と続く。 以前訪れた時は一月だったこともあり、流鏑馬を見ることができた。 一番大きな行事は、両神宮から神輿が舟で繰り出し途中で出会う「式年大祭御船祭」が12年に一度の午年で、次回は2026年となる。 また、調べていると「東国三社めぐり」というサイトが数多くあり、両神宮に茨城県神栖市にある「息栖(いきす)神社」を合わせて関東随一のパワースポットと呼ばれているようだ。 両神宮に比べて、息栖神社は格式としても鹿島神宮の摂社であり不釣り合いで、旅行会社の営業戦略ではなかろうか。

地図好きにはたまらない伊能記念館、営業戦略?の息栖神社、「式年大祭御船祭」などいつかは訪問したい! 単身赴任終了後は私ですらも訪れなくなった山武! 訪問、宿泊の機会があれば、ゆっくりと冷酒でも飲みながらイワシの刺身を食したい! それよりも何よりも、55歳にして新たな勉強を始め、17年掛けて日本全国を歩き測量を続けた、伊能のバイタリティとモチベーションはどこから湧くのだろうか! 私の歳でもまだ継続中だったことになる。 ダウンサイジングとか、運転免許返納とか、人生の店じまいの準備を語っている場合だろうか! 私で言えば、今から囲碁のプロになるとか、ピアノの練習を始めコンサートを開くとか! どう考えても無理である。 せめて、一日一日を目的を持って根気よく積み重ねれば、結果が積みあがる様なものを探さなければ…!!





コメント

  1. 匿名5/29/2023

    ゴルフじゃない? すごい向上心があるのには驚くよ~( ^^) _U~~ 山武でイワシと冷酒いいねー! 伊丹⇔成田便で行きます!

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