昭和スタイルで楽しむ

 子供の頃は(西の果てに近い離れ小島で過ごしたが…)、島だけではなく多くの小学校には、二宮金次郎の像と相撲場が校庭や校舎の脇に有ったと思う。 この記事を書くために、廃校になった小学校や近くの小学校の校庭を訪れてみても、相撲場も金次郎少年も発見できなかった。 以前、ニュースで薪を背負って歩きながら本を読む像は、今で言えば「ながらスマホ」の推奨になるとかで、座った金次郎少年の像に代わったところがあるとか…。 気持ちはわからなくもないが、その像では絵にならないし感動もない。 見方によっては仕事をサボってマンガ本を読んでいる少年に見えてしまう。 難しいものである。

「土浦市出身の力士、悲願の初優勝!」 こんなテーマで今年最後の大相撲九州場所の後半から記事を書きだしたのだが、惜しくも実現しなかった。 土浦市出身の高安関である。 土浦市役所の玄関脇には等身大?の高安関がいる。 私にとっては今の時点「ドーハの歓喜」よりも「ハカタの悲劇」である。 横綱・大関が低迷した1年の中で3場所も優勝争いをして盛り上げ、今回がその中でも…と期待が膨らんだ。 茨城県はちょっと前まで相撲界の頂点付近に、牛久市出身の横綱稀勢の里と土浦市出身の大関高安がいたのだが、稀勢の里の引退と高安の大関陥落で、私の中の応援熱も多少下降気味になっていた。 どちらも体のケガが原因であるが、考えてみると過酷なスポーツである。 マワシだけでプロテクターも付けず(包帯やサポーターはあり?)、100キロ以上の巨体が手加減なしにぶつかり合う勝負、マゲを掴む、マワシが外れる(実際に有ったかどうかはわからないが、50年前の深夜ラジオ「オールナイトニッポン」からちょっと流行った放送禁止歌では「落ちた」)、以外は反則負けも聞いたことがないほどの制限の少ない過酷な勝負である。 大相撲の場所は2ヶ月に1回の年6場所であるが、大関は2回連続負け越す(1場所15番の中で8勝できない、または休場)、つまり場所中のケガが数か月尾を引くと陥落である。 ケガではないが元大関朝乃山の場合は、コロナ禍の外出禁止に違反した処分で6場所出場停止(6場所負け越し扱い)になり、わずか1年の間に大関から三段目まで番付が落ちた。 イメージが湧きにくいが私の理解では、プロ野球でオールスター常連の選手が1年後に高校野球から再出発みたいなものである。 本当に厳しい世界である。 長い間で作り上げた強靭な身体と地位は数か月でゼロに戻る。 朝乃山はともかくも、体格的に大型化している現在では体へのダメージは大きい。 大関陥落する力士が多くなった気がする。 ファンとしては大型化を心配する。  

子供の頃(昭和30~40年代)は、野球と相撲しかプロスポーツとしての記憶がない。 巨人・大鵬・卵焼きの時代である。 巨人と卵焼きは好きである。 大鵬はなんとなくゴム毬のイメージが有り、どんな勢いも吸収して結局自分のペースにして勝つ。 それに、色が白く肌にハリがありそうで(当時の白黒テレビではよくわからない…、何せ、全員が黒か灰色のマワシに見えた)顔立ちは優しそうで、女性に人気があったと記憶しており、子供心にそのせいか大鵬は嫌いであった。 当時でも大型力士はたまに目にしたが、マワシを大きくはみ出すようなお腹の力士は少なく、ハリがあり精悍な力士がほとんどであった。 今流行りの「持続性」を考えると当時のような体格にしないと先行き困難かもしれない。 基準は「マワシから何センチはみ出すまで」とか…。

日本相撲協会のホームページによると、相撲の歴史は、古事記にも記載があるらしいが、そもそもは収穫祭の力自慢比べのようである。 神社(神道)の香りがするが、神道よりも権力者(帝や殿様)が好んだ催し物で、やはり武芸として奨励されたらしい。 江戸時代になり平和な世の中になってくると、興行としての相撲が人気になり、日本の文化として定着したと書かれている。 土俵入り、番付表、化粧廻しなどなど、当時と変わらないらしく、驚きでもあり、世の中がこれだけ変わっていることを考えると、伝統が重たくのしかかっているのではないか!?と心配する。

子供の頃はよく見ていた大相撲も私の中では一時期下火になる。 栃若→柏鵬→北玉→輪湖→若貴の後はモンゴル力士の台頭。 見るには見るのだが、いつのまにか始まり、いつの間にか優勝者のニュースがあった。 たぶん、他のスポーツや娯楽が増えたためと、仕事や家族など対応することが増えたためだろう。 それが、定年再雇用の契約が終わり、半年以上の雇用保険受給兼自分に合う仕事探しの間は、毎日が日曜日であり暇である。 千秋楽の次の日には2ヶ月後が待ち遠しいと思った。 しかし、力士へのなり手はいるのか? スポーツや娯楽が多様化すると、あの格好で相撲を取ろうとする子供たちは増えないだろうし、お母さんはわが子が力士になることには反対するだろうし、海外に頼るしかないのかもしれないが…。 公表されている営業収益は平成26年は90億円、コロナ前の平成30年は120億円と増加している。 テレビを見ていると、15日間前列の同じ席の同じ人を見かけることがよくある。 観戦料は、テレビに映る席である枡席は土日で一人15,000円である(2階自由席は2,200円)。 なんとお金持ち! 力士へのなり手が減少しても、力士のケガが増えても、伝統を継続することで相撲人気は当面安泰、昭和のスタイル(実は江戸時代)は継続するのである。 勝負事は1番にならないと意味がないという人もいる。 現に準優勝は負けて2番、うれしいよりも悔しい! しかし、1年のうちで3回も優勝争いをしたことは、相撲界にもMBPを選ぶ制度があれば間違いなく今年は高安の受賞である。 それに幸か不幸か相撲スタイルがはらはらさせてくれて面白い。 あと何年応援できるかはわからないが、来年も「今年こそ」と思いながら、土浦市出身の高安(32歳)を応援しよう! 大声で歌ったり、飛び跳ねたり、ファンとしての存在をアピールする楽しみ方が目立つ今日この頃、ファンとしては自分の理屈をぶつぶつ言いながらの昭和スタイルで初場所を楽しみたい。




コメント

  1. けがが増えだしたのは、力士の大型化と年6場所が要因では・・と言われています。昔は、年4場所。 場所の間に巡業と称しての、興行ツアーがありますから、オフがないスポーツですね。ゴルフでも男子選手は、競技が4日あるんで、プロアマ1日を加えると、週5日当該ゴルフ場にいて、終わって移動、翌日休みで、火曜日に移動という生活。これで、結構体にダメージあるようですね。超一流になると、付き人が運転してくれますが、たいていの人は自分で運転していくようです。相撲は、地方巡業では、毎夜谷町との宴会付きですから、内臓が相当強くないといかれるかも。 相撲も、場所数を増やすなら、2リーグ制にして、年間3場所で、グランド横綱大会が1場所にしたら、力士は4場所で、休養取れると思うんだけど、どうかなー?劇団四季も、全国展開のため数チーム作っているようですよ

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