懐かしい関係

 
先日、大学のクラス有志の同窓会が開催された。 コロナの流行で3年ぶりである。 60歳を超えてからの3年間は、私が「殻の外」の出来事のブログを書いているように激変であり、自分を取り巻く環境、経済的な状況、考え方など、長い3年間である。 そのこと自体は今回の記事のテーマではないのだが…。 コロナの流行の陰りを受けて秋の旅行シーズンに復活している政府の経済対策「旅行割・地域振興券」、この同窓会やそれ以外の計画済みの個人的なイベントでも、有効に活用することとなった。 そもそもこの経済対策の是非であるが、予定のなかった旅行に対する動機づけであれば理解できるが、私のような利用の仕方は政府
も本位ではないだろうし、若者に借金のツケを回すだけ…と堅いことは考えず、昔の仲間や上司と再開する機会を持った。

会社員のプロを目指してから、プロ引退するまで(殻の外に出るまで)の40年以上(私の場合は途中ブランクがあるが…)、部署を変わったり会社を代わったりで計8人の上司を経験している。 上司と部下の関係は、上司が会社から与えられている役割や業務に対して、部下は貢献する代わりに収入や地位や知識を得るつながりと、私は理解している。 それらはマクロ的には会社が従業員の労働時間を購入していて、その時間を有効に活用するための体制やノウハウを使う結果である。 ただ、上下関係にはそれ以外に人間としてのつながりのようなものがあり、利用し合ったり影響し合ったりする中で、お互いの関係を深めて行くのだろう。 特に部下は上司の背中を見ながら、そのスタンスや哲学に触れロールモデル(模範)とするのである。

8人の上司と接しながら様々なことに触れ、影響を受けてきた。 2人は個人企業(株式会社ではあるが)で親からの事業を引き継いでいる。 会社を継続するというプレッシャーと自分の色を出すことで苦しい立場のように見えた(”雇われの身”=会社員のプロを目指すものの目からは恵まれていると感じるのだが…)。 それから、株式会社であれば、社会のため、株主のため、従業員のため、得意先のため、取引先のため、いわゆるステークホルダーのために会社を経営するはずであるが、概して株主=身内の関係で私物化の行動が目立った。 また、外国人の上司もいた。 アジア地域のヘッドクォーターが隣国にあったためである。 その国では、儒教思想が根付いていると言われているが、体験してみると意外と極端で、位の上下、立場の上下(どっちが客かなど)で、日本人が考えるその関係が数倍極端に現れる。 私の思ってきた儒教のイメージは、人の道を教えている好印象のものだったのだが…。 文化や考え方の違いを会社員のプロを目指すものは感じ取る必要がある。 私は感じ方が甘かったか…。

今回お会いできた2人の上司からは、私は多大な影響を受け、会社員のプロ意識を植え付けていただいたと思っている。 竹を割ったような考え方、行動の上司。 大学卒業後最初に働いた「会社員のプロ」を目指す世間知らずに対して、プロの一歩を教えてくれた。 配属は設計課。 最初に与えられた仕事は、ボールペンに入っているような「バネ」の設計。 大学の教科書通りに設計したが、(安全率を考慮すると)固くて使い物にならず。 次に樹脂部品の設計。 書いた図面通りに自分で工作室で試作を作るのだが、ことごとくゴミ箱へ…。 3年間で徹底した現場主義を叩き込まれ、勉強時間の長さにすがることを一度捨てることの重要性(学問はほとんど身につかなかったのだが、生意気な考え方は身についていたらしい)を感じた。 その後も様々な助言をいただき、そのうちに起業されることを信じて、そのときは馳せ参じるつもりで、その後の会社員のプロとしての活動は、積極的に様々な業務を経験して貢献できる範囲を増やすことに心がけてきた。 結局彼が起業したのは農業分野で、私の経験は活かせなかったのだが…。

恩師立つ茶畑の丘秋の風
(元上司が営む茶畑、山奥まで連れて行ってもらい、野生の動物や蜂と闘いながら、たくましく人生を満喫されている姿に感服、竹を割ったようなさわやかさを秋の風と表現した。)

もう一人は外資系勤務時代で、ちょっと理屈っぽいのだが物事の真髄を追求する上司。 先日入院された、今も続くゴルフ仲間である。 私を「会社員のプロ」にしてくれた人と言えるかもしれない。 私に徹底された考え方は、仕事上の自分や自分の周りの人の行動や成果をお金に換算すること。 ちょっと聞くとセコい気がするが、後で分かったのは数値化し曖昧な状態にしないことであり、お金は数値化の手段。 若い頃は内外問わず仕事相手に対して、知らず知らずのうちに貸し借りを作りながら、関係性を気づき、次の仕事の準備をしていた気がするが、彼は、仕事のアウトプットと貸し借りや関係性構築は別物であり、アウトプットを犠牲にして関係性を構築するのは正しい選択肢ではないと言う。 例えば、2時間の奉仕残業をして仕事を終了させた時、時給1000円とすると2000円を奉仕してそこそこの結果を出すよりは、2000円残業代を請求して最大限の成果を出すことを目指すべき…。 最初は抵抗があったが、この例えは善意の押し売りの無責任と有言実行に伴う責任の比較である。 二人の元上司とも70を超え、年金生活者でありながら、今もボランティアの活動を続けている。 

「旅行割・地域振興券」のお陰で、静岡と千葉での人生をたどるような懐かしい期間を過ごすことになったが、昔の友や関係の深い人と会う時にいつも感じることがある。 その人達と一緒に働いた後の長い間様々な経験や自分の中での変化があるにも関わらず、会話をしてみると、当時の会話上の関係や役割(ボケとツッコミみたいな)が当時と同じ関係で展開されることである。 もう一つ、どこかで覚えて今も時々感じること、(数値そのものは正確ではないが)ある集団があると、20%は前向きな対応をしようとし、20%は後ろ向きな対応をしようとし、残りの60%は大衆の流れに従う、という理論。 今回遭遇した人々も、昔の役割とは違う日常があることを感じながら…。 私の今のブログは前向き派での展開が多いが、昔の役割はそうではなかったことに改めて気付く。


ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

コメント

  1. ものごとの考え方は、劇的に違ったステージで影響され形成されるようですね。就職して、金属熱処理工場での処理条件がわからず、大学の金属材料の教科書をもって、先方の技術者に、どこを勉強すれば・・・とおたずねしたとき、 「こっちがいいですよ」とお借りした技術書のわかりやすかったこと! 技術は社会で学べばいいんだ!・・と実感しました。二回目は、生産技術のプロを自認し、再建のため派遣先の工場責任者をしていた時のこと、売り込みに来た三井物産の営業社員の見識の深さに、技術職として生きることをあきらめたこと。ま、それが良かったのだと今でも感じております。

    返信削除

コメントを投稿