学校とクラブ活動

長く生きてくるとかつての自分の判断や行動に後悔し、苦々しく思ったり、やり直せるものならやり直したいと思うことがいくつか集約されて来る。 長男の部活の話をする。 例によってブログに家族を登場させないという自分で作ったルール違反ではあるが、呼び水であり本題ではないということで、お付き合い願いたい。 中学の時に陸上部に入部していて、顧問の先生が陸上を専門としていた方のようで熱心に指導していただいた。 高校進学時、長男は長距離の盛んな県立校を受験したかったようだが、交通の便その他幾つかの理由で、親としては別の高校を提案した。 結局、親提案の高校に進学。 その高校は陸上部は有ったが、同好会のような指導者も居ない状態で、数人で自主的な活動をしていた。 結局、自主性は磨かれたが、中学の頃の自己ベストを更新したという話題をした覚えがなく、流行りの高校駅伝県予選にも出場することはなく、あの時の提案は長男にとってよかったのか、未だに重たいテーマである。

先日ラジオ番組の特集で、小中学の先生やOBからの告白があり、先生の勤務状態の過酷さが話題になった。 授業が終わった放課後は、部活の顧問として児童・生徒の部活の面倒をみるほか、宿題やテストの採点評価、明日の授業の準備などがある。 その上、週末も部活で学校へ、試合の時には、運転手もする。 休日出勤にもならず出張旅費も出ない。 前述の陸上の先生のような自分の専門ならまだ意欲もあろうが、やったこともない部活の顧問は…。 そもそも、教育に対して崇高な志がある学生ばかりではなく、とりあえず教職の過程を…、のような風潮もある。 それで就職してみると、”先生”と呼ばれながら、モンスターに成長した親たちを相手にしながら、部活まで押し付けられ、自分の時間も取れず、経費も計上できないのでは、あまりにも理不尽である。 一般企業であれば、俗に言う”ブラック企業”状態である。

思い出すと私の中学の部活は野球部。 顧問の先生は理科の先生だったが、ちょっとガニ股で歩く、授業でAとかEとかの符号が出てくると必ず「皆さんエーですか」「イーですね」などと得意そうにダジャレをいう、決して格好良くなくスポーツマンと言えるタイプではなかった。 野球部は島に1つだけの中学校で、対抗試合は年間数試合だが、のちに甲子園出場した同士もいるくらいで、レベルは低くなかった。 その先生は試合の時に横に下級生を座らせ指示を出し、その生徒がボールを持ったらバント、帽子を脱いだら盗塁みたいな2,3種類の初歩的なサインしかなく、もう少しカッコよくやりたいと思ったものだ。 その先生も今から思うと、被害者だったのかもしれない。

部活の始まりは、戦前にさかのぼるらしいが、NHKの大河ドラマでも数年前放送されていたが、加納治五郎先生らの奨励から体力育成のために楽しむ活動として始まったとのこと。 そのまま戦後の体力育成へとつながり、1970年代には非行防止のためにも利用されたようである。 そこに日本人の好きそうな青春と根性とチームワークで盛り上げる漫画、スポーツ実況番組があり、有名になる大学や高校も増え、それらの学校を目指す小中高校は二極化することになる。 そのラジオの特集では、そもそも教育と部活は切り離すべきという結論で、政府もそのような方針はずいぶん前に出しているが前に進まないらしい。 部活を学校から切り離すことの弊害もあり、器具や施設の問題、父兄のさらなる負担、子供の体力の低下など、確かに部活と教育の結びつきが強すぎ、しかも低コストで実施されてきたようである。

自分の経験に基づいた重たいテーマ! 数十年考えてきたが、その一つが連合チームによる指導者の確保。 嬉しいことに、徐々に耳にするようになってきている。 ちなみに高校野球では最初の連合チームは1997年富山県予選で、今年(2022年)の夏の予選では全国で107の連合チームが出場したようだ(ちなみに参加校3603校中)。 練習のために片道車で2時間…、勝った時の校歌は…、様々な問題はあるが、まずは子どもたちの気持ちを尊重した大人たちの対応でありたい。 もう一つ当時から思っていることがあったが、未だに実現した例は聞いたことがない。 それは私のように定年退職後のまだまだ体力もエネルギーもある方々を、市町村やシルバー人材派遣のような組織に登録して、必要な学校や連合チームに指導者として派遣する仕組みである。 これなら教育と部活を切り離さなくても、しかも年金生活者であれば生活の不安も少なく、父兄の負担もなくまた趣味やボランティアとして子どもたちに接することができるような気がする(私の場合は、囲碁や楽器の初級編?)。 昨年夏までの職探しやいろいろな手続の間、そんな目で、市役所、ハローワーク、シルバー人材センターなどと接してきたが、現状ではその気配なし。 殻の中(会社務めの間)ではリーダーシップを取ることもあったが、殻の外ではなんの力もなく、その上「公の活動」にはどちらかと言えば消極的だったもので、今更自分からこの指止まれと手を挙げる勇気もなく、ただただ、そのようなときのために、体力と気力と自分の得意分野に磨きをかけることで、貢献できる活動が始まることに備えたい。 ちょっと受動的すぎるか?!



コメント

  1. 匿名8/18/2022

    部活のありようについての提案ーいいと思いますね 大阪府では、専門指導者制度というのがあって、当該スポーツ経験者が、府に登録し、高校などに派遣の形で、部活動の技術的指導をするというもので、多くはないですがお手当も出るようです。半面、教員には何の見返りもない状況は変わってませんね。静岡県は、部活での指導に対し、成果も含め点数評価をし、この点数が一定に達すると昇進試験受験資格を得るような制度にしていたようですね。しかし犠牲にする時間との比較でみると、部活指導も、教員業務の一環として時間管理や、給与対象とするのが本筋ではないかと思います。

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