殻の外での暮らし1年の振返り

前職の就業規則では、定年再雇用は65歳誕生日で終了であったが、片付け、引っ越し、京都~茨城への移動、移動途中での友人との計画、などを考慮して、誕生日10日前に退職した。 はや1年が経過した。 とうとう、会社員という殻から抜け出す羽目になったわけだが、この1年は自分にとってどんな1年だったのか、時間的には罪悪感を抱くほどの暇な毎日だったが、気持ち的には高校卒業(大学受験後)当時のような、虚脱感、不安感、期待感をいだきながら激震とまでは言わないが、震度3くらいの揺れが頻発した貴重なハラハラした1年であった。 

自分としては、単身赴任を始めて16年にもなり、戻るべきところに戻ろうとしたわけである。 雑誌やネット情報から、戻った後の生活を想像していた。 年金・雇用保険では年収は大幅減になるのだが、地方税が年収減に追いつくまでに2年程度かかり、その上厚生年金保険から国保税になるため、1年目の出費が増えること。 時間的余裕がありすぎること。 趣味に時間は割けるが小遣いは増やせないこと。 一般的には定年後の夫婦は、夫は幸福感が増え妻は減ること。 中でも夫のゴロゴロした日々は妻の不満となっていること。 ネガティブな要素ばかりである。 そんな殻の外1年目を、経済力強化、時間活用、能力アップ、新たな役割、社会的貢献、老後の準備の6項目で、自己評価してみた。(5点満点で、1は不満足、3は想定内、5は満足である。) 

評価結果は、経済力強化4点、時間活用3点、能力アップ4点、新たな役割1点、社会的貢献2点、老後の準備2点である。 まずは経済力強化だが、年金と雇用保険は私の計算間違いもあり想定以上であったため、想定通りの地方税、国保税、介護保険料の負担が軽減できた。 雇用保険は65歳前だと手厚くなり、健康保険はいきなり国保にするよりは以前の厚生年金保険を可能な限り延長する方がインパクトは少ないようである。 雇用保険の支給最終月に経験を活かせる仕事にありつけたことも幸運であった。 退職直後は突然毎日が日曜日になったわけで、数週間暇に任せて生活してみて、予習していた通りとは言わないが、時間活用は老後のネックになると感じた。 次の評価項目の能力アップと合わせて、中途半端な以前からの趣味(ブログで以前紹介した、囲碁、ギター、ゴルフの3G)、やって見たかったこと(多重録音、ブログ、俳句など)を積極的に取り込んで時間を活用した。 仕事にありつけたとは言え、雇用対象になる週20時間未満に抑え、気が向いたら、アルバイトやネット上の仕事やボランティアもできる、俗に言うフリーター状態で、自由度は高くなっている。

この3項目の割に、老後の準備、新たな役割、社会貢献にはほとんど手がつかなかった。 単身赴任16年ということは、家庭内外の環境において、自分の存在しない状態で暮らしの営みが続いてきたということである。 存在しない→交流がある→認められる→期待している、という流れができて初めて、次に進めるわけである。 結局、仕事のプロから抜け出して環境を変えるのは定年退職者の本人だけで、周りは本人の16年間に関係なくプロ生活を続けているわけである。 昔と違い、これから数十年生きていくとしたら、ゴロゴロしている場合ではないのである。 ”何を”は次の問題としても、まずは”どのように前向きに”後半戦に入るかではないだろうか。 とりわけ家庭外、すなわち社会に対して貢献する取り組みは、糸口が見つからない。 もともと男性は女性に比べて、暮らしの中でネットワークを築くのは不得手である。 さらに、今年はコロナ禍でもあり積極的には活動できなかった。 たまの社会との接触であるアルバイトで学んだことは、悪いところを見つけてカリカリしていると良い関係は生まれないということ。 気がつくと、ありがちな男性シニアの姿を自分が演じている。 自分が正しいことには屈強に戦おうとする姿…。 社会を正そうとする正義感は、後で振り返ると自分のチャレンジとは逆行していること、演じている時は気が付かない。 結論としては1年目は、自分一人で完結できる自分の課題に取り組んだ、自分一人で完結できない課題は、ギャップを確認したが活動までは手が出せなかった、ということだろう。

それでは、2年目以降をどのように考えよう?! 様々なシニアの暮らし方はたくさんのブログでも紹介されているが、私は思うことがある。 年金制度の基本は、自分が長年積み立てたものが戻ってくるわけだが、積み立てた以上に戻ってくる
理屈に合わない制度である。 持続するわけはないが、その収入を織り込んだ老後設計になっているため、完全に否定はできない苦しい立場にある。 せめて、ストレスのない楽しい老後という表現はやめよう! 様々な経験を積んできたからこそ、演じることができるロールモデル(模範となる振舞い方)でありたい。 経済力強化は、1年目の国保税、地方税などが年収減に追いついてくることでやっと今後の見通しを建てることができる。 ダウンサイジング、できる仕事に従事しながら、少しでも設計変更を考えたい。 時間の活用は2年目も最重要課題である。 生活も遊びもすべてにおいて「できなかったことができるようになる」活動である。 前向きな気持ちの発生源である。 コロナ渦でほぼ皆無であった旅行の機会は作りたい。 地球上には、いや日本にもほぼ無限に見たことがない風景があるはずである。 新たな役割と社会貢献は、2年目も、前向きな気持ちの後押しがあっても、苦戦するだろう。 ただ、尻込みする自分を後ろから押すのは前向きな気持ちしかいない。 不得手なネットワーク構築! ありがちな正義感を封印し切って、いつもニコニコを心がけての新たな”再現性のある”スタイルに気付くことである。 言うは易しである。 先は見えないのである。 深雪の上に一歩ずつ足跡を残す思いである。

コメント

  1. 8年前、3か月間 仕事のない生活を経験しましたが、ほんとに毎日が停止してたように思います。覚えているのは、毎日ウォーキングしたことと、TVの連続ドラマを朝、昼、お茶の時間 見続けたこと。初めて、桜の通り抜けを平日昼間に見に行ったこと、仕事紹介を連日まって、先のことを想定していたこと・・・ 前向きにはなってなかったなー!(^^)! 投稿、参考になります。これから変わらないであろう日常に向き合うことを想定し、3年後の自分を想像して準備をぼちぼちやりますね。 リモートセッションの準備お願いしますよー('ω')ノ

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