街のアマチュア

子供のころからボクシングはよくテレビや漫画では見ていた。 起源は分からないが想像するに、格闘技でローマのコロシアムなどでのイベント? 勝者には賞金、観客には賭けの配当金というパターンで、古代からあるに違いない。 そこからどのように近代スポーツまでつながっているかはわからないが、肝となるのは、パンチの打ち合いでどちらかがノックアウトされるまでである。  しかし、それでは体が持たない。 ルールができる。 1ラウンド3分で1分休憩、それを数ラウンド行いノックアウト(これにもルールができ、ノックダウン回数制限など)できなければ優勢の方が勝ち。 つまり、パンチを浴びながらノックアウトを狙うファイターと、ルールに従いながら優勢を狙うアウトボクサーが存在することになる。 むろん、アウトボクサーは、ダメージをもらわない、かつ有効打をヒットするテクニックで玄人受けするボクサーであるが、素人はファイターのスリルのある試合を望む。

意外かもしれないが、 似たようなゲームが囲碁である。 囲碁の決まり事は少ないが、実際に対局するのは難しい。 数行で決まり事の説明をする。 戦いの場は碁盤、縦横19本ずつ線が引かれていて、その縦横の線の交点に黒白交互に石を置いていく。 置いた石を国境警備隊員と見立て囲った領地の広さを競う。 領地は地(ぢ)、広さの単位は目(もく)、つまりは国境警備隊員と四方の辺で囲まれた交点の数。 時には黒白の国境警備隊員同士が接近し衝突する。 相手の隊員に縦横を完全に囲まれると相手の捕虜として盤から取り除かれ、相手の地となる。 その上、捕虜も最終的には自分の地に埋められる石となる。 捕虜にされない隊員の配列があり、その配列を作れるようにしながら、地を広げるゲームである。 うまく説明できたと思うが、たぶん雰囲気が伝わったくらいか…? プレイヤーの勝負感や闘志の面で、まさに、地を取り合う展開はアウトボクサー的、捕虜を取り合う展開はファイター的、なのである。 上手くなればなるだけ、いざとなればファイターの強く鋭いパンチを放つ気概を持ちながら、アウトボクサーを演じる両刀使いとなり、小規模な小競り合いの中で有効打を重ねることが玄人好みなのだが、素人は加減がわからず、両極端になり、なかなかプロのような進行にはならない。

囲碁には馴染みがない方が多いと思う。 10年以上前に囲碁の漫画が流行し、公称日本には1000万人以上(約10パーセント)のファンがいるとも言われるが、私の経験では自分の周り100人中数人、囲碁を打てる人と会っただろうか?(その全ては男性だったような…) 数パーセントしかいない割には囲碁から派生した日本語は多い。 「一目置く」(囲碁のハンディキャップのことで、下手な方が盤上に数手分先着した状態でゲームを始めること)、「駄目(ダメ)」(日常会話で使われる「やってはいけない!」の命令形だが、囲碁ではどちらの地にもならないゲームとしては役に立たないスペースのこと)、「おかめはちもく」(傍目八目→そばで見ている人は対局者よりも有利になる方法を思いつく例え)、その他にも、「布石」「大局観」「捨て石」「目論み」「結局」などなど、切りがないが、大変興味深い。

そんなスポーツやゲームを楽しむアマチュアは、(対戦系だけでなく音楽や個人系の趣味であっても)複数人で楽しむことは多いと思うが、なかなか一緒に楽しんでくれる仲間を探すのは難しい。 プロやアマチュアの公式戦のような頂上に近いプレイヤーたちは、心技体共に競うことに真剣、かつプレイの質を楽しむことができるが、裾野の方の”街のアマチュア”たちは一緒に楽しんでくれる仲間を探すことに苦戦する。 先ほどの私の囲碁の例では、数パーセントの出会いに期待するか、仲間と一緒に始めるか、敷居の高い碁会所の様なベテランたちの集いに参加するか、最近ではパソコンソフト、インターネットの向こうの相手、どれも少し気持ちが重くなる。 やっと始めたとしても、仲間がどの程度やりたいのか、まさに心技体の向き合い方は裾野に行けば行くほど千差万別で混沌となる。 例えば、試してみたいだけ(レベル①)、日常生活に負担のない趣味程度(レベル②)、基本のマスター(レベル③)、プレイヤーとしてプロの解説が理解できる(レベル④)、できるだけ上手くなりたい(レベル⑤)、様々である。(ある意味では、始まりはいつも①でその後は気持ちの持ち方か?) 私の感覚だが、レベル③は、囲碁や古くからある”〇〇道”で言えばアマ初段、ゴルフでは俗に言う100切りだろうか? 私の趣味の目安はレベル③であり、正直なところ、心技体が①②相手とは楽しみにくい感じになる。 しかし、困難な相手探しの上の心技体である。 “街のアマチュア”はどのレベルの人たちとも楽しく、特にシニアはそうでなければならぬ! のではないか。 自分の得意分野でも、レベル①②の相手とはふれあいを楽しみ、レベル④⑤の相手とはひるまずに自分のベストを楽しむ。 若い頃は、一つ覚えの趣味を続けていると、歳を取ると味が出る…と思っていた。 それはそのとおりかもしれないが、歳を取っても新しい経験を増やしていきたい気持ちは当然あるし、歳を取っていると上達は遅いかもしれないが、仲間と活動中は一生懸命であるべきである。 心技体どのレベルで向き合うかは、その人の考え方である。 もちろん、どのレベルでも、やらないよりもやった方が良い。 これは自分への宣言でもある。 自分の得意分野でも、新しい経験でも、ひるまず自分の心技体を相手に伝えた上で、ふれあいを又はひるまずに自分のベストを、“楽しむ”ことが大事なのだろう。 “街のアマチュア”たちよ! 結局超えるべきハードルは自分の中にいるようだ!!

コメント

  1. 何でもやってるね~(^^♪ ま、気楽に楽しんでねー

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