京都に単身赴任して数年が過ぎた週末の冬の朝。 窓を開けると一面の銀世界。 一瞬で頭によぎったこと、「醍醐寺に行こう!」。 京都に来た頃から、知名度の高い観光地から巡り始めた。 ほとんどの寺社は、春秋がシーズンになる。 気候的にも旅行のシーズンなのだが、どの寺社もまるで都市計画にでも従ったかのように、桜と紅葉を植え春秋は華やかである。 ちなみに外国の文化が入ってくるまでは、寺社は旅行者の宿として機能していたようで、部屋の装飾、庭園、料理などが発達したと読んだことがある。 数百年後のブームを予想していたとは思えないが…。 春にも秋にも訪問したい寺社は多い。 この日の朝、頭をよぎったのは、雪の日、一年のうちで数度しか積もらない雪の寺院は、短期間の腰掛けであっても住人しか体験できない。 桜と紅葉のシーズンにも訪問している、池の向こうの建物が美しい醍醐寺のあの地点の写真を撮りたい。 朝食を取り、最寄りの駅まで徒歩、JRと地下鉄を乗り継いで、1時間ちょっとで現地に到着した。醍醐寺は、秀吉の晩年「醍醐寺の花見」で有名であるが、見ることができる敷地内は侘び寂びを感じる佇まい、華やかさ控えめで、秀吉のイメージからは、”物足りなさ”を感じてしまうかもしれない。 西大門(受付)を抜けると、終始緩やかな上り坂でその両側に主要な建物が並んでいる。 まずは国宝の金堂と国宝の五重塔。 私が体感した五重塔の中では一番好きな塔である。 その上には、不動堂・真如三昧耶堂があり、その後いくつかの建物を通り過ぎると、池の向こうに弁天堂が見える。 始めて見たときからこの池の向こうの弁天堂が好きで、春と秋の写真は残していた。 雪の弁天堂を撮りたいと考えたわけである。 仕事上よく使う言葉だが、定点観測、同じモノを同じ場所から見続けると環境や状況変化が際立つものである。 専門家ではないので、同じ場所、同じモノ、ズーム加減など、微妙に違うところは仕方がないと思っている。
というわけで、春秋冬3枚の写真が手元にあり、最後に夏が残った。 京都に住むまで余り意識しなかった”青紅葉”! 春夏秋冬4枚の写真を並べると、私は”青紅葉”が一番鮮やかで好きになった。(観光シーズンでもないので観光客も少ない) これまで行ったことのなかった池の向こうの弁天堂の上の茂みの合間を抜けていく小道は、日陰で、池に流れ込む湧き水っぽい水の流れ、緑鮮やかでさわやかで、まさに”涼”である。 帰り道、西大門(受付)を抜けた道の両側には、高い塀に囲まれた幾つかの建物があるが、その中でも三宝院と呼ばれる庭園は見事である。 京都の大きな寺院には、塔頭(たっちゅう)と呼ばれる高僧の隠居所が本山のそばに作られることが多い。 これらも塔頭なのかはわからないが、少なくとも宿泊施設のような造りであり、今で言うところの、○○ホテルアネックスという感じだったのだろうか。
観光ガイドにはここまでの紹介であるが、これらは下醍醐と呼ばれるエリアで、ということは上醍醐もあるはずだが、あまり紹介されておらず、そこに”物足りる”秀吉のスポットがあるはずと思い、桜のシーズンではなかったが、西大門の受付の方に確認をしたところ、山登りが必要ということで出直して次の週にチャレンジした。 すれ違う人が挨拶をしあうという本当に山登り気分で1時間以上は登っただろうか。 上にはひっそりとした佇まいの建物が幾つか点在していて、国宝の薬師堂や清瀧宮など、登ってよかった。 ただ、京都観光旅行としては、知名度と時間配分的にプライオリティは落ち、やはり私のような”腰掛け住人”しか訪れないかもしれない。 まだ山道が険しくなる前に(地形的には弁天堂のすぐ上辺りか?)、秀吉が花見をしたと言われている場所があったが、すでに桜の木はなく、秀吉のイメージの”物足りなさ”感は解消されなかった。 晩年の秀吉は醍醐寺の花見で木から落ち、それが病の始まりと言われている。 このあたりだったかもしれない。
私の中での京都は、時代という時の流れを地層のように表現すると、平安時代層、鎌倉末期~応仁の乱層、織田・豊臣・徳川3代層、明治維新層、現代層の5層に分かれていると思っている。 現在、形として残っているもののほとんどは、応仁の乱に始まった長い間の戦いで荒廃し、跡形もなくなったものを、その後の天下人が復興した織田・豊臣・徳川3代層と言える。 わずか100年ほどの間に京都の寺社が復興されていると考えると、今と違って鉄筋コンクリートではなく、彫刻が施された木の文化であったことを考慮すると、その権力の集中の凄さを思い知る。 また、天下人たちの京都(天皇)へのこだわりからもその関係が読み取れる。 ”腰掛け住人”にとって、醍醐寺は最も訪れた好みのスポットであるが、将来、京都に行く機会があったときに、金閣、銀閣、清水寺、嵐山、京都御所、祇園など数あるスポットを差し置いて、山科の外れの醍醐寺を訪れるだろうか? イエス! 定点観測はいつまでも現在進行形でありたい。


桜と紅葉の季節、醍醐寺の先の地下鉄駅近くに車をとめ、地下鉄ワンデイパスと、タクシーで京都を巡ります。醍醐寺は、境内の広さの割に人がすくなく、ゆっくりしますね。江戸時代まで日本人の身長は、150cmあるかないかだったと言う説があります。事実なら、我々と20cmちがいますから、かれらからみたら、僕達は、大男ですね〜😁500年たったら、日本中、大谷翔平が溢れるのかなー❢(●`ε´●)そうなると、バスも電車も窮屈だなー
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