東京オリンピック開催後に…

東京オリンピックと言えば、「お・も・て・な・し」、「復興五輪」で始まった。 その種目で見てみると、やけにこだわって見えたのがジェンダー問題。 IOCの方針が見えてくる。 とすると、当初のオリンピック組織委員長の発言は本当に大失敗で、激震だったと思われる。 当初は待ちに待った日本開催!「コロナに打ち勝った証」のはずの無観客開催! どしゃ降りの雨の中での開催みたいな…! でも、選手は頑張った!

 339種目での日本のメダル数は合計58個となり、過去最多前回大会の41個を大きく上回った。 物好きにも自分で集計してみたが、メダル獲得の20競技中4個以上のメダルは、柔道12個、レスリング7個、体操5個、スケートボード5個、卓球4個である。 男女別では、男25個、女30個、混合3個であった。  新種目スケートボード以外お家芸だが、スケボーは米国のイメージが強く驚いた。 どの種目も気力のこもった試合であったこと、体力的に強い男性を練習台にできる女性の活躍が目だった。 

 ほとんどの競技・種目は、ヨーロッパ起源と思っている。 ハンマー投げ、馬術、射撃、アーチェリー、フェンシングなど狩猟や戦争時の達人度を競うもの、陸上十種競技、近代五種、自転車オムニアム、トライアスロンなど複数の競技・種目をポイント制でスーパーマン度を競うもの、サッカー、テニス、バレーボールなどの球技。 獲物を取るときには働き、それ以外は楽しく競い合い、観戦する、狩猟民族らしいメリハリの効いた行動文化の賜物かもしれない。 古代ローマのコロッセオは、市民の娯楽のための施設で、剣闘士同士や剣闘士と猛獣の命をかけた戦い? そんな観戦やゲーム感覚は、我々日本人にはなさそうである。

オリンピックなどの競技・種目の決勝を見ていて思うことがある。 それは銀メダリストの気持ちである。 競技・種目には、同一条件下で速さ、距離、美しさなどを競うパフォーマンス数値化換算ものと、1対1での勝負ものがあるが、前者は、決勝で自分のベストのパフォーマンスが2番目に良かったというポジティブな気持ちで銀メダルが授与されるが、後者の銀メダリストは、最後に負けて授与される。 2番目に変わりはないが、ポジティブ感よりも悔しさが残るようである。 あとは、銅メダルをもらえる3位と何ももらえない4位の差も大きすぎる。 なんとなく気の毒で、何か良い方法はないものだろうか

その典型は日本柔道であるが、柔道の国際大会は毎回後味が悪い思いをする。 今回は、メダル数は多かったが…。 そもそも、柔道、剣道、華道、書道など、”道”が付くものは全てそうだろうと思うが、勝ち負けや出来栄えは先に出てくるものではなく、ルールやペナルティで管理されるものでもなく、作法と精神により管理されていて、その結果、上手下手が現れるものなのではないだろうか。 何となく、日本選手は作法と精神に縛られ、外国選手はルールとペナルティのみで、戦っているようである。 嘉納治五郎(先生)は柔道を世界に広めようとしたが、世界が受け取ったのは、(私の造語では)Wrestling in clothes(“道着を着たレスリング”と注釈しておく)ではなかろうか。 今回のメダルラッシュは、日本開催でもあり、”道”に固執せず”レスリングに徹した気がする。 柔道家としてはいつかは”道”に帰る」が、団体混合決勝時には戻ってしまったのかもしれない。

国名は思い出せないが、男性から女性へ性転換した選手が、女子重量挙げに参加し、ライバルとなる女子選手から疑問の声が上ったニュースがあった。 結局はその選手はメダルを獲得できなかった。 また、今回、水泳・陸上・卓球・バトミントンなどで混合チームの戦いがあった。 ゲームとしては対等な構成であれば成立し、観戦者からすると面白い趣向であるが、女子選手の中では強く、うまい選手たちが、追い抜かれたり、攻撃目標になったりしているのを見るのは、ちょっと辛い気がした。 相撲のように無差別での戦いが勝負事の基本だろうが、性別や体重別での制限により種目を増やすことで、競技人口を増やし、レベルが上がったものと思われる。 その制限の中で、秀でていることを競い合うところに面白味があると思っていたが、その制限、特に性別では制限できない領域へと多様化しようとしている。 オリンピックはどこに向かうのだろうか!

前回の東京オリンピックは9歳の時で覚えていることも多く、自国開催の夏季オリンピックを2回経験できたことは貴重であったが、今回は退職後でもあり、関東在住の身でもあり、観戦またはボランティアなど、肌で感じるものになればよかったのだが…。 コロナ禍の無観客では「お・も・て・な・し」もままならず、私としては、ロゴマーク入りの会場を見に行くことができ、真夜中・早朝ではない時間帯にライブでテレビ観戦できた程度の日本開催気分であった。 パンデミック、商業化、肥大化、政治、多様性、競技・種目のあり方など、スポーツ好きの一人としては、これからも様々な問題に対して世界中の知恵を出し合うことを信じて、古代ローマのコロッセオでビールを飲みながら観戦しているヨーロッパ人の娯楽感覚で4年ごと(次回は3年後)の大会を楽しみにしたい。


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コメント

  1. 柔道、レスリング、卓球などはジュニア発掘からの英才教育や強化策が実ったものとの解説がありました。結果は、傍観者たる我々には喜ばしいものですが、紹介によると、中学生から合宿生活に入っている競技もあるようです。ナショナルチームとしての強化、個人師匠との共同生活、同じようなものですが幼くして親元を離れ協議に打ち込むこと・・・自分の子供に起こったらどう?? 夢追追いかけさせるかなー・・・ 答えはありません。 

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