からだとの会話


2021526日は、いびつな起動で地球の周りを回る月が一番地球に近づく(一番大きく見える)スーパームーンの皆既月食が見られた夜であった。 次回(12年後)も元気でスーパームーン皆既月食を見ようと思いながら、からだとの会話について考える。

自分のからだと向き合うようになったのは20年ほど前。 血圧ちょっと高め、糖尿病の境界型(始まり)との健康診断結果を受けてからである。 いわゆる生活習慣病、(私の場合は)やりたいことに長い間偏った生活を送った結果である。 私は痩せ型で油断があったかもしれないが、当時はお腹周りが…とは思い始めていた。 臆病な私は異常と聞くと、家庭の医学百科、インターネット、雑誌その他で調べものをして、自分の屁理屈で安心感を得なければならない。 今回は手ごわい。 直接的にはすい臓から分泌されるインシュリンであるが、摂取・消費カロリーのアンバランスから始まる血液及び循環器系の異常、最終的には毛細血管の負担から五感にも影響するらしい。 当時は、酒タバコ、甘いもの、残業での遅い夕食、朝寝坊朝食抜き、運動はほとんどなく、生活習慣病的には最悪な状態であった。 生活パターンの改善の基本は体内のカロリーの出入りコントロールと規則正しい食事と考え、まず考慮したのが好きなアルコールとの共存。 カロリーの高いビールは1日350ml未満に抑え、からだに負担の少ない(と思われた)赤ワインと焼酎に切り替えた。 それ以外は大胆に…、残業は避けられないが夕食炭水化物抜き、1日3食、毎日ジョギング、禁煙。 ジョギングの頻度以外は今も継続中で、カロリーの出入りは体重変動で感知するようにし、アルコール摂取量を控えめにし、1日6000歩(約4km)ジョグ/ウォーク目標で、今流行りの言葉では”持続可能”になっているつもりである。 

最近のショッキングな出来事は肉離れである。 4ヶ月のうちに3回も遭遇した。 最初は、ゴルフで最終ホール前の17番ホールのバンカーショット。 砂の上からボールを出すのだが、砂とボールを一緒に打つ必要があり、説明するだけでもからだに悪そうな行為で、右腕に痛みが走った。 違和感はあったがプレイ継続、その後も肉離れと思わずに生活した。 2度目はテニス。 テニスは趣味にも書けない程であるが、家族がやるときに一緒についていくことがある。 その日はまだウォーミングアップ中、前後のボールへの走り出しで、右足ふくらはぎに痛みがありギブアップ。 翌日整形外科で肉離れと診断、内服鎮痛剤と湿布薬、あとは患部を動かさず自然治癒を待つとのことで、原因がわかると安心する。 3度目も自分のからだを甘く見て、2度目と同じことをやってしまった。 肉離れ自体は若い頃もあったとは思うが、立て続けに起きると、やはり年齢に応じて、過信せずに自分のからだの声を聞かなければと反省した。

そう言えば、いろんなからだの異常はこの10年ほどですでに起きており、都度、病院の対応にこれまでにはなく違和感があった。 久しぶりの友人と東京で会食後帰宅途中に段差で足をくじいた時の整形外科では、じん帯がすり減っていて痛みは取れるが完治しない。 歯医者で以前治療したブリッジが外れたため、型取りをしたが詰め直し時に支えるべき歯が動いていて、延々と歯ぐきの治療を行った。 眼科で目の中で小さな黒い点が動いて目ざわりと相談したが、飛蚊症とのこと、一生の付き合いということだった。 他にもあるが、幸いどれも生死に関わるようなものではなく、もっと大変な人からするとのんきなものであるが、科学は進歩しても、治るか治らないかは問題の緊急度と重要度、それに費用対効果の判断である。 仕事現役時代に、嫌というほど口にした判断基準は、自分のからだにも適用されなければならないらしい。

科学の進歩は驚異的ではあるが、生き物自体を作り出すことはタブー視されており、もっぱら再生または改良(改悪)の話題である。 その再生・改良(改悪)にしても、緊急度・重要度・費用対効果、その前に必要性の問題を考慮することになる。 地球上に形作られているものすべては、すり減り、老朽化し、役割を終えるものである。 からだもバランスの悪い老朽化は、このパーツさえ改善できればと、必要以上に科学の発展に期待することになり、一般的な緊急度・重要度・費用対効果を飛び越えた判断を迫られる。 その判断は大切であり必要であるが、一般的な判断基準を適応できるうちに、準備をすることが重要なのだろう。 そのためには、からだのパーツひとつひとつ(重要パーツだけでなくヒゲや足の小指の爪も)と会話をしながら、バランスよく老朽化させて行きたい。 欲望とまでは言わないまでも「○○したい」をほどほどにコントロールしながら暮らしていこう!と、日々の積み重ねを考える。 今日も風呂上がりの冷たいビールを楽しみにしながら…。

 ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

コメント

  1. 老いは退化ではなく、歴史を積み重ねているもの。老いを楽しめと言ってたエッセイがありました。しわをなくす努力もさることながら、歴史を刻んでいると考えて、しわの造形すら、変化として受け入れ楽しむとのこと。そうありたいですね

    返信削除

コメントを投稿