真宗大谷派(本山:東本願寺)の施設である。 「常総弘経寺」のコラムで、浄土宗のことに触れたが、(真宗大谷派を含む)浄土真宗は、浄土宗開祖の法然の弟子の一人、親鸞によって開かれた「他力本願」の自分が思い信じることで極楽浄土に導かれるという教えで、庶民の圧倒的な支持を得た、別名一向宗である。 他の仏教宗派にはない、僧侶に肉食妻帯が許された宗派である。 時代の流れ、内紛、時の権力者の影響を受けながらも、全国22,000の寺院(日本の仏教宗派最多)があり、真宗十派と呼ばれる宗派に分かれている。 代表的な宗派には、浄土真宗本願寺派(本山:西本願寺)と真宗大谷派(本山:東本願寺)がある。 子供の頃、仏壇の前に正座、訳も分からず「ナマンダ~」たる暗号(子供にはそう聞こえた、ナムアミダブツ)を言わされていたが、宗教的、哲学的な深さは別として、庶民が自分たちの日常の中で、どのようになりたいかを真剣に思い、目標として見える化することで実現するという「目標管理」の積み重ねが「幸せ」に導くとすると、理解もでき、現在に通じるものがある。
大仏の裏側に回ると出入り口があり、大仏の胎内へと導かれる。 宗教的なスペースから、エレベータで85m(顔の付近)まで登ることができるらしいが、訪問当日はコロナ禍で3階までしか登ることができなかった。 3階売店奥の出入り口の別の通路から中二階のようなスペースへ。 50x30cm程の枠の中に家名や人名が記載されており、集団墓地となっていた。 この歳になり、早くに実家から出てきている身としては、自分の家族の死後の計画(つまり、どこに葬られたいか)を立てなければならず、悩ましく思っていた。 固有の墓地は、メンテナンスが大変だろうし、後世の土地の有効活用を妨げるだろう、と想定すると本意ではない。 だが、カラスの餌になるのはあまりにも悲しい。 海とか宇宙とかに灰として帰るのはコスト高である。 その中間に今流行りの樹木葬、期限付き墓、個人墓など、バリエーションも増えている。 自分の死後のことを計画するのは気乗りがしないが、問題の先送りはせずに向き合って行かなければならない。京都の寺院を訪ねて、いつも感心することがある。 宗教施設、宿泊施設など当時の役割が当然あってのことだろうが、数百年も昔に、寺院を建て、その敷地内に様々な趣向を施し、特に、桜や紅葉のような植物を植えることで、将来を意識した景観、今の賑わいを計画的に作っているようで…、”先見の明”である。 牛久大仏は、数十年前の真宗大谷派の計画であろうが、かつて親鸞自らが布教活動を行ったと言われる茨城の地に、寺院ではなく、布教、新しい墓のかたち、浄土のイメージ、観光などの機能を兼ね備えた巨大シンボルの施設を建造したその企画力には頭が下がる。 数百年の後に、この大仏がどの様に語り継がれているのか、利用されているのか、本当に楽しみである。 細々ではあるが、自分の身の回りにあるものの未来を計画立案して楽しんでみよう!

自分の人生の終いを整えておくことは、子孫への大事な仕事ですね。墓所の問題は、定住地が故郷でない者にとって大きな問題となっていることは、現在の状況でもあきらか。仏壇や、墓所を訪れ礼拝することで、子供たちに先祖とのつながりを教えるという意味では、意味深いものなのでしょうが、墓所の永続的な管理となると、どこかの子孫の負担になるかも・・・と考えてしましまいます。どうしたもんかなー(-_-) 宗教に宗派があることは、今話題のエルサレムを訪れて考えることとなりました。なんせ、争っている宗派が、地下からビルのように積層されているんですからね。教えは、人が作り出したもの。共通する精神はあるのでしょうが、宗派間での争いとなるとウーンというきもちになります。
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