桜の名所・弘経寺

 茨城県に住みついて40年近くになるが、未だに知らない名所は多い。 仕事現役の頃は週末になると混雑に向かって活動することが多く、また“わびさび”スポットにはあまり車が向かわない。

茨城県サクラの名所をネット検索すると、偕楽園(水戸市)、亀城公園(土浦市)、かみね公園(日立市)などとともに、弘経寺(ぐぎょうじ:常総市)というのが目に止まった。 最近は市町村合併で地名の変更が多くなり、以前の名前でないとイメージが沸かないことがしばしば。 常総市?は旧名水海道(みつかいどう)。 豊臣秀頼の妻(婚約者?人質?)の千姫のゆかりの寺である。 

 弘経寺は、室町時代初期にこの地に創建され、関東浄土宗の中心的寺であったらしいが、その後戦国時代の戦火に巻き込まれ、徳川将軍家3代で再建された。 浄土宗は、鎌倉時代が始まる前あたりで、比叡山で修業を積んだ法然上人により開かれた。 それまで厳しい修業が必要であった“悟り”を、念仏を唱えることで誰でも往生(普遍の幸せになること)できるという「他力本願」の教え(自分で悟るのではなく自分は思い信じること)で、庶民の支持を得て全国に広まった。 浄土真宗の親鸞は、法然の弟子の一人であった。

 弘経寺には千姫のお墓がある。 千姫は2代将軍秀忠の娘で、幼い頃政略結婚で秀頼のもとへ嫁いだが、大阪夏の陣の豊臣氏の滅亡後はあまり歴史に登場していないため、今回その後のことを始めて確認した。 徳川家重臣の本多家の正室となり、桑名藩、その後国替えとなり姫路藩に移り住んだが、身内に不幸が続いたため、実家(将軍家)に戻り仏門に入り天樹院となった。 実家に戻ると3代将軍家光の姉にあたるため、家光から尊敬、信頼を受けた。 仏門に入る時の戒師(式を司る役目の僧侶)が弘経寺の僧侶だったことから、弘経寺を菩提寺とした。

 商業ベースの京都のお寺に比べると非常に寂れているが、京都には宗派本山が集まっている(地方からのお金も集まる)ことを考慮すると致し方ない。 2021年は開花時期が早く、訪問した329日はちょうど満開。 境内及び参道に多くサクラの木があり華やかだった。 ただ、あまり味わったことのない趣がある。 天樹院御廟の門や本堂の巴瓦には「葵の御紋」がある。 観光地としては桜の時期であれば一興でしょうが、”趣探し”の訪問でないとおそらく期待はずれとなると思われる。 若年期のピークにはあの“豪華絢爛”大阪城の住人であった千姫のお墓が、この“趣のある”弘経寺にあるのは興味深い。 人の一生は、自分の責任ではないところで何が起きるか分からない。 「すべてを受け入れて今この瞬間に直面したことに対してベストを尽くすこと」の積み重ねではないだろうか!



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

コメント

  1. ねねの高台寺は結構静けさの中に華麗さがあるけど、こちらは侘びの世界だね

    返信削除

コメントを投稿